危機に都合良く覚醒とはいかないようです
王道的少年漫画ならそろそろお約束の展開、
そう何かしらの力に目覚めてもいい頃です。
ですが現実は非情であり無常です。
卓越した勇者の系譜に生まれた私であるものの、どれだけ努力しても年齢相応の力しかありません。
いきなり伝説の○○に変身できる訳ではないのです。
ならば今の私に出来るのは手持ちの札でやり繰りすること。
勿論勝とう等とは一抹も思いません。
今必要なのは生き残る事。
生きてこの墓所を抜け、ルシウス様を無事に生還させる。
それが私の最上の目的であり使命です。
ならばどうすればいいか?
絶望的戦力差を覆す業は私にありません。
けど多種多様にて如何なる事態にも対応出来る万能のスキルがあります。
だから私が取るべき手段は唯一つ。
文字通り切り札を切るのみです。
決意の微笑と共に、胸元に構えた拳に力を込め真横に力強く引きます。
星色の輝きを帯び宙に奔る軌跡。
それらは凝縮すると3枚の符になります。
符のそれぞれには<加速><倍速><活性>と書かれてました。
視界の隅でそれを確認しながら私は全力ダッシュ。
勢いよく踏み込み間合いを詰めます。
幾ら私が闘気で身体機能を向上しているとはいえ、そこは子供。
初速では災害級の力の持ち主には通用しません。
九尾の狐、白面の者と揶揄される美貌に失望の翳が差します。
しかしその顔を確認するよりも早く。
私は私に追随し、共に浮かび上がった符を握り締めます。
砕け散り霧散する符。
代わりに瞬時に現れたのは虹色の札。
返す指で私は札を掴み、掲げます。
微かな呟きと共に。
「<超速脈動>」
途端、札は眩い光を放ち、
そして……
「ほほう……これはこれは。
妾にも捉えきれぬ速さとは、な。
中々やりおるのう」
遥か背後で感心する声を聞いた気がします。
ですがその時既に、私は白面の者に数発の闘撃を叩き込みルシウス様を抱え墓所を全力疾走で撤退していました。
通常の10倍にも引き上げられた加速状態によって。
符理解な編成統合によって編み出された加速系最高の編成。
駿速魔術をも超える身体機能の向上です。
今の私なら束の間とはいえ父様すら凌駕する動きが可能です。
では何故これを多用しないのか?
それは無論、
「もうやめろ、ユナ!
それ以上はお前の身体が持たぬ!」
ルシウス様の指摘通り、疾風の様に駆ける私の身体はギシギシと不気味な音を立ててます。
応え様とした唇からも気管を傷付けたのか血が零れていきます。
説明するまでもなく、これが答えでした。
人ならざる速さを与えてくれるこの編成ですが、その速さに身体が付いていかないのです。
気と魔力の収斂の時もそうでしたが、その技を振るうのに相応しくない。
言うなれば自爆技に近い性質があります。
こうして白面の者と少しでも距離を取ろうとしてる今も、
筋組織が断裂し、
毛細血管が破裂し、
骨と腱が悲鳴を上げていきます。
けどそんな事は最初から承知なのです。
私はもう仕事を為し得たのですから。
後は少しでも時間を稼ぐのみ。
だからこその足掻き!
更に一層の力を籠めて駆け出そうとし、
「きゃうっ!」
私は無様に転びました。
咄嗟にルシウス様の下になりクッション替わりにするだけで精いっぱいです。
「どこに行くのじゃ?
まだ戯れは終わっておらぬぞ」
哄笑と共に近付いてくる白面の者。
足首に違和感を感じた私はすぐさま確認します。
「これは……!」
暗闇に光る金色の線。
それは鋼よりも強力で、
刃よりも鋭く柔軟さを秘めた、
白面の者の尻尾から伸びた糸でした。
薄々推測はしてました。
先程私の腕を切り飛ばしたのも、
そして察知できない程のスピードで移動した私達を把握したのも、
この迷宮中に張り巡らせたこの糸のお蔭でしょう。
白面の者は糸使いだったのです。
おそらく私が関知できないだけでこの迷宮には無数の糸の結界が張り巡らされているのでしょう。
(どうりで動きが早過ぎると思いました)
煙幕による撤退も糸使いに意味はありません。
空間を把握する彼等には煙の中動く私達を捉える事など容易でしょう。
まさに網に掛かった恰好の獲物。
万事窮す、です。
「もう出し物は終わりかえ?
ふむ……
ならば名残惜しいが幕を引くとしようかのう」
私達を嬲るように追いつき、何かを待ち望んだ白面の者でしたが、
反撃の手が無い事を察すると飽いた様に告げます。
途端、金色の尾よりゆっくりと私達に迫る数多の糸。
その一本一本が必殺の威を持つ恐ろしい重圧。
けど、残念ですが……
賭けは私達の勝ちです!
「ふんぬっ!!」
ガゴガコガキャン!!!
気合の入った野太い声と共に、轟音を纏い崩れ落ちる地下墳墓の天井。
まるで地震の様な振動が空間自体に響き渡ります。
「なっ!
いったい何者じゃ!?」
濛々と立ち昇る粉塵の中、
地面に叩き付けられ減り込んだ拳を抜き、
ゆっくりと立ち上がる大柄な人物。
その彼目掛け、白面の者は竜巻のような糸の群れを放ちます。
しかし、
「戯言だな」
キン……
澄んだ音色と空間に迸った無数の斬線。
その太刀筋に阻まれて全てが断ち切られてしまうのでした。
一連の流れを見届けた私は安堵から跪きます。
もう、安心です。
何故ならここに来てくれたのは間違いなく英雄クラス。
「お前達は……」
「久しいな、白面の者」
「ああ。だがそんな馴れ合いはどうでもいい。
私の大事なユナを、貴様は傷付けた……
それだけで万死に値する」
毅然とした声で白面の者へと言い放つ、
怖いくらいに厳しい目をしたガンズ様と父様達でした。




