幕間<インターミッション>
「くはっ!
ごほっごほっ!!」
目覚めると同時、口腔内の空気を吐き出す。
火の要素の群体であるエクダマートにとってそれは血と同じだ。
全身を襲う激しい痛みに身を捩り絶息し続ける。
「あ、危ないとこだったね……」
力の分量としてはごく僅かでしかない。
だが万が一を想定し、ミズガルズオルム本部に残しておいた分体。
意識の主体が掻き消されるギリギリのとこで転送が間に合った。
しかし同調による痛みは彼女の本質を確実に損ねている。
その事を理解すると共に、エクダマートはユナティア・ノルンという存在を舐めていた自らを恥じ入る。
「決して油断していた訳じゃない。
が、さすがは勇者の系譜さね……」
カルティア……<闘刃>の娘という事で警戒はしていた。
しかしそれはあくまで常識的な範囲内において、だ。
推定30にも満たない低レベル者相手に、
80近いレベルと焔爆・打撃吸収等の特殊能力を持つ自分が負ける余地は無い。
そう、通常なら。
「あのスキル……
<万色なる多種多様>と<符理解な編成統合>……
このあたしが敗北を喫するとは、ね。
かなりの脅威と言わざるを得ない」
思い返しただけでも戦慄が奔る。
虹色の万能性。
千万変化な汎用性。
その構成力は使い様によっては魔神皇様に匹敵し兼ねないほど。
いや、直感が正しければあの力は本質的に……
呼吸が落ち着くなりエクダマートは自室を出て、地下迷宮の様に長い回廊を歩み始める。
何故ならあれは魔神皇様に届き得る刃。
組織の全容を上げても潰しにいかなくては。
「見逃すわけにはいかないね。
報告次第では排除リストAクラスにカテゴリーしなきゃならない」
「何が見逃すわけにいかないのかしら?」
思わず呟いた独り言に、面白がる声が掛けられた。
「お前……」
「すごく気になるわ。
教えて下さらない?」
視線を向けた先には車椅子に座る道化師服の女性がいた。
半面が白い仮面で隠されてるも、蒼髪翠瞳の美しき容貌。
その瞳に悪戯めいた好奇心を宿し、唇には似つかわしくない嘲り。
「パンドゥール……4年間も昏睡状態だったのに……
動ける様になったのかい?」
「ええ、つい先日から」
「そいつは良かった。
けど残念だけど今更お前の居場所なんざここにはないよ」
「手厳しいですね。
あまり意地悪をしないでくださいな。
わたしはわたしなりに皆様の事を思い、憂いてますのに」
「はん! 闘刃と相見えて半死状態だったお前が何を言ってるんだい!
今回の作戦にも未参加だったお前に対し、魔神皇様は何も期待してないのさ。
精々あたし達のバックアップでもしてな」
「はい。そうさせていただきますね」
おっとりとした相槌で微笑むパンドゥール。
以前とは違うその対応に、エクダマートは面食らう。
安い挑発とはいえ、昔のパンドゥールだったら劇的に反応した筈。
それがどうだ。
今は何か落ち着き払った凄みさえ感じる。
まるで決壊する寸前の堤防の様なあやふやな在り方だが。
「……やりにくい奴だね、アンタ」
「そうですか?
まあよろしいじゃないですか。
それで、何を見逃すわけにいかないのです?」
「……ま、お前のその宿主先にも関係あるか。
実は今作戦、魔神皇様の指示であたしはノルン家のあるフェイム村を襲撃した」
「ええ」
「そこで闘刃の娘と戦う羽目になったんだが……
あいつは駄目だ。
万が一にも生かしておけない
今はまだいい。
しかしその秘めた可能性は見過ごせない脅威だ」
「なるほど……そうだったんですね。
注意して視れば、身体を構成する火の要素も随分と弱体化されてる御様子。
激闘だったのでしょう?」
「まあ、ね。
舐めて掛かっていたあたしが馬鹿だった。
アレは全力で潰さなければならない。
いずれ我等の皇を害する存在になり得る」
「なるほどなるほど。
それでその事を注進しに魔神皇様のとこへ向かってる、と」
「ああ」
「なるほどなるほどなるほど。
ところでエクダマート、御存知かしら?」
「何がだい?」
「わたしの宿主であるこの身体と、その娘が親子という事を」
「ああ、そうらしいさね。
資料で読んで把握してる。
それがどうしたんだい?」
「じゃあご理解いただけるわね
子を想う、母の気持ちを」
「?」
「情報ありがとう、エクダマート。
そして……さようなら」
「あん?」
奇しくもユナと同じ言葉。
されど込められた響きは真逆。
疑問に思うより早く、
バクゥンッ!
エクダマートの足元より猛スピードで跳ね上がり喰らい掛かる闇の咢。
抵抗する隙すら与えず、瞬時にエクダマートを呑み込む。
「うふふ……ご馳走様。
同族は不味いからあまり食べたくないんだけど……
凄い栄養分だわ。
感謝致しますね、エクダマート」
自分以外誰もいなくなった回廊。
ゆっくりと車椅子より立ち上がり、その腹部を撫でながらパンドゥールは独り囁き続ける。
「え? 出せって?
駄目よ。ダメダメ。
だって貴女、あの娘を傷付けようとしたでしょ?
それだけは決して見過ごせないもの。
あらら……どうしたの?
そんな無様に泣き腫らして。
苦しいの?
辛いの?
でも、安心なさい。
完全に消滅するまで、魂すら残さず貪ってあげるから」
パンドゥールの内面世界である影の中でどのような事がなされてるのか。
それはきっと口も憚れるおぞましい行為に違いあるまい。
穏やかに酷薄な笑みを浮かべ遠くを見詰めるパンドゥール。
楽しそうに唇を指でなぞりながら述懐し始める。
「もう少し待っててね、ユナちゃん。
わたしが色々愉しませてあげるから。
そしたらお兄ちゃん達を巻き込んでパーティにしましょう。
親子水入らずの……
とても素敵で、血と狂乱に満ちた宴の、ね。
うふっ……あはっ……
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
昏く響く哄笑。
惨劇は終わらない。
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