クリスマス ~前日~
連載小説といっていいのかわからないほど短いです。
一体何が悲しくてクリスマスの前日にまで家の手伝いをしなければいけないのか。といってもクリスマスを一緒に過ごす人などいないのだが……。
紅茶の甘い匂いやコーヒーのほろ苦い匂いの中、私は食器をさげ、飲み物や食べ物を運ぶ。その合間にテーブルを拭くことも忘れない。
――カランッカラ――
「いらっしゃいませ。」
「こちらにどうぞ、ご注文がお決まりになられましたらそちらのベルでお申し付けください。」
「よく働くねぇ。ここの喫茶店は他と違って雰囲気がいいからいつも来ちゃうよ。」
「ありがとうございます。」
「母と二人では何かと大変だろう。何かあったら力になるからね。あ、ブラックでいいよ。」
「いつものですね。かしこまりました。」
この方は田中さんといって私の家――喫茶店「オアシス」の常連客でいつも何かと相談にのってくれるいい人だ。そして、父のいない私にとって本当の父親のような人だ。
そして、喫茶店「オアシス」というのは私の母と二人で営んでいるもので、もともとは私が中学の時まで生きていた父が経営していた店だ。今の財政はまずまずといったところだが、思い出の沢山詰まったこの店はたとえ赤字になろうと手放すことはないだろう。
――カランッカラ――
「こんにちは。」
「いらっしゃいませ。」
今私の目の前に立つ青年は私と同じ高校に通う同級生で幼馴染の古谷圭吾だ。
「沙耶、いつもの頼むよ。」
「はいはい。」
この人はいつも紅茶に角砂糖を2つもいれるという極度の甘党だ。
「早く~」
わかったから、今持っていくわよ……。
圭吾が座っている席はいつもの場所で、店の一番奥の席に座っている。
圭吾の前の席のサラリーマン風の人が電話をしながら誰もいない方をむいてしきりに頭を下げている。
どこも大変なんだな~と思っていると……
「え!?あ、はい!すみません。今から向いますから……。」
そういってガバッと突然立ち上がるもんだから驚いてお盆をひっくり返してしまった。当然のことながら紅茶をいれたカップはサラリーマンとは別の、隣の席の見た目チャラそうな人のところへ向かってアーチを描いて落ちていく。
チャラそうな人の服にシミを作っていく。
「すみません、今お拭きいたしますから。」
パ~ン!!
その瞬間その男は私の頬をこれでもかというほど強く殴った。そして、その反動で私は吹っ飛び、かけていたメガネも一緒に吹っ飛んだ。
「全く、俺の服どーしてくれんだよ、この糞アマが!金払ってくれんのか!!ってお前よく見るとスンゲー可愛いじゃねえか。いいぜ、許してやるよ、ただし体できっちり払ってくれたらだけんどな!ハッハッハ!」
「あんた、いい加減にしろ!!次に沙耶に指一本でもふれたら承知しねーぞ!!」
「な~んだ、さえない彼氏つきか!なあなあ、そこの君こんな男よりおれのがいけてるって!俺にしときなよ~」
うう、気持ち悪い。そんなの圭吾の方がかっこいに決まってる!!
「ふざけるのもいい加減にしろ!!でてけ!!」
「あ~ん?やんのか?」
「そこの君、いい加減にしたらどうかね。これ以上は僕もだまってないよ、なんたって可愛い沙耶ちゃんを殴ってくれたんだからねぇ。」
「ちっ、覚えてろよ」
ふ~ん、お前の顔なんか2秒で忘れてやる!べぇ~だ。
「圭吾ありがとう。」
私がそういってお礼を言うと彼はこっちをみるとすぐに他所をむいて「メガネ。」という。
やっぱり嫌われてるんだ。
心がズキズキする。
それでもなんとかひねり出して言った言葉。
「ホントにありがとう。私なんかのために。」
「ああ、だって友達だろ?当たり前じゃないか。」
「友達」か……。そうだよね、私なんか……。
心がズキズキする。なんなんだろうこの胸を締め付けられるような感じは……。
「沙耶!!」
いつの間にか私は圭吾の制止を振り切って店を飛び出していた。
************************
はぁ、こんなはずじゃなかった。幼稚園の頃は圭吾と仲良く遊んでいた。それなのに小学生にもなると圭吾は急によそよそしくなった。抱きつくとすぐに引き剥がされ、一緒にお風呂に入ろうとすると全力で拒否された。そんなに私のことが嫌いなのだろうか、子供ながらに私はぼんやりと思っていた。
でも、その思いが本当に強くなったのは中学生からだ。彼は本格的に私を嫌い始めた。目があうとそっぽをむかれ、話しかけてもそっけない。極めつけはこのメガネだ。彼に伊達めがねをプレゼントされた時は喜んだ。でも、理由は私がメガネをつけてないとまともに喋れないそうなのだ。彼は私の顔が嫌いなんだ。
それでも、私は圭吾のことが好きだ。世界で一番愛してる。好き好き好き好き好き!!言葉があふれてどうしようもなくなる。
彼は優しい。だってあんなに嫌いな私にでも「友達」として、「友達」としてだけれども一緒にいてくれる。
私は彼の隣にいれるだけで幸せだ。
とりあえず今は彼の優しさにあまえていよう。そして、この幸せに浸っていよう。
叶わぬ夢よりも絶対にこっちのほうがいい。
でもなんでだろう……。
なぜ涙が止まらないんだろう。
悲しくなんてない、はずなのに………。