6.電気の無駄遣いと言うことなかれ
――……しい……よ
お兄ちゃん……
……くるし……の
たす……て……
……みしい……
◇◆◇◆◇◆◇
「ごめんね、おーちゃん……」
少し眉にしわを寄せ、修が謝った。しかし、大月は緩く首を振って答え力のない笑いが漏れた。
「……何者だよ……あいつ」
決して責める口調ではないが、触れられたくない傷に無理やり手を伸ばしてきたクラスメイトに些か怒りを覚えていた。
いい奴……と思ったのは間違いだった、と心の中で付け加えながら大月は恐る恐る、ベッドから起き上がった。
「あっちゃんは、あっちゃんだよ……僕とおーちゃんと同じ」
きょとんとした表情で修が答えたが、彼は小さく「そうじゃない」と言葉をつなげた。
「なんで……昨日今日でこっちに来た奴が知ってるんだよ……」
――お兄ちゃん。
「 っ……」
ベッドの上で小さく蹲るように自分の膝を抱え、声を殺した。
嵐の放った鍵が重たく大月の上に圧し掛かり、それは痛みとなって現れた。
心臓を刺す痛みに強く手を握りこんで痛みを誤魔化そうとしたが、誤魔化そうとすればするほど、痛みが主張をはじめ鼓動を早めた。
「おーちゃん!」
微かにもれる苦痛の声に修は慌ててナースコールに手をかけたが、ボタンに手を触れる事はなかった。
「も……平気だから……」
ゆっくりと細く息を吐きながら、静かに肺へ空気を送りながら大月は修の手の中からナースコールを受け取り、ベッドの横へと転がした。
「大丈夫……?」
「あぁ、なんとか……」
「僕、飲むもの買って来るね」
顔色の悪いままの大月は心配だったが、修は席をはずす事を選んだ。
ただ、そうすることが正しいように……その場から静かに立ち去った。
静寂の帳に覆い隠されたように全てが無音。人の歩く気配もなければ、車が走り去る音も聞こえない。
風が僅かに木々を揺らしたときに初めて空間に音が生まれるほどだった。
駅に続く道に並ぶ店々の中にも人の気配はなく、防犯理由でつけられた明りの点っている店もあるが静寂を破る存在どころか、彩るための唯一の色となっていた。
――く……いよ……
イ……よ……
なんで……
影に溶け込むように『それ』は始まりの場所に戻っていた。
風が傍を駆け抜けるたび、視線を彷徨わせ怯えていた。まるで小さな動物が天敵に見つからないように願いながらビルの陰に身を潜め息を殺していた。
――もう……
危険はないか? と少しずつビルの陰から出ようと壁伝いにいたが、ふっと吹き込んできた風に慌てて影の中へと戻った。
『それ』の不安な心を宿したように街灯が不意に点滅を繰り返し、役目を放棄した。
闇が辺りを支配すると同時に小さな足音が『それ』に届いた。びくりと体を震わせ通り過ぎる事をただ願っていた。
足音は静寂を乱すほどのものではないが、確実に歩みを進めてきている。
――どうして……
あっちに……行ってよ……
『それ』は足音から逃げようと泣きながらビルの影を上っていった。
すんすん、喉の奥を鳴らしながら必死に影を伝って足音から逃げていた。
――のに……
だけ……なのに……
あと……
ビルの屋上にたどり着くと『それ』は下を見下ろした。まっ逆さまから落ちないように縁に小さな手をつけて下を覗き込んでいた。
広がるのは闇に包まれた世界。
人の影などどこにも見当たらなかった。静寂の世界は崩れてはいない。
「ようやく逃げるのは、終わりか」
ふぅ……と溜息をついて『それ』を見下ろす。
黒い双眸には些か疲れた雰囲気があったがすぐに消えうせた。宙で手を繰り、釣り人のように指先を振り上げた。
――ッ!!
叫ぶ間もなく『それ』は月下に姿を晒した。
それは少女だった。背後の景色をその体越しに映し、逃げようともがくが片腕に何かが絡み付いて動けなかった。
――助け……て……っ。