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2.たかる相手を間違えたら、結局ワリカンに

 放課後、生徒たちが帰った教室は深っ……と静まり返り、昼間のざわめきが元から無かったような気持ちになっていく。

 静かだな。彼はくしゃりと自分の前髪を掻き揚げ何かを追い払うように軽く頭を振うと鞄の中から自転車の鍵を取り出し、それを弄びながら自分の自転車を探し始めた。


─―ねぇ……どうして……?

   忘れ……っ…………



◇◆◇◆◇◆◇



 自分の自転車を見つけ、手を延ばそうとした途端、不意に幼い少女の声が耳の奥から響くと同時に、心臓を鷲掴みされるような痛みが彼を襲った。

「……っそぅ…………」

 彼は自分自身の心臓を抑えるとその場に蹲るようにしゃがみ、鍵ごと手を強く握り締めて気分を落ち着けるようと深い深呼吸を開始した。

「らし、くねぇな……最近……」

 自分自身に毒づき、痛みが引くのをゆっくりと待つ。どのくらい時間が経ったのかわからないがゆっくりと痛みが引いてくるのを自覚した。

「急いで帰らねぇと……」

 痛みが振り返らないように慎重に立ち上がり、手のひらにくっきりと跡を残した自分の自転車の鍵を外したところで背後から走りよってくる影が、彼の足元にまで伸びてきていた。

「おーちゃんっ、一緒に帰ろっ♪」

 おそらく満面の笑みを浮かべながら走り寄って来ているだろう友人の方へと彼が振り返る。

「修、待ってたのか?」

「うん、だって一人で帰るのって何か寂しいし、ね?」

 修と呼ばれた彼はにっこりと柔らかい笑みで答えた。クリーム色のふわっとした短い髪と絶えない柔らかい笑みは修にどことなく女性的な印象を抱かせる。かくいう彼も昨年、初めて会ったときは女だと思っていた。

「へいへい、そんでどっかに寄るのか?」

「寄る〜♪ 駅前の『カササギ』に新作が入ってたんだよぅ!」

「よしっ、修のおごりで行くか」

 まるで砂糖菓子を想像させるとろけるような笑顔を浮かべ、悦に入った修の一瞬の隙を突くように大月は自転車を漕ぎだし、真横を通り抜けた。

「あ〜! おーちゃん酷いっ、待ってよ!」

 修も慌てて自転車を見つけ出し、彼の後を追った。元々の脚力の差か一度開いた距離はそう簡単に縮まる事はなかった。


 学校から駅前までは十分程度の距離で目的地に辿りついた二人は駅前から少し離れた駐輪場へ自転車を停め、新しいクラスメイトの事などの他愛ない話に花を咲かせて歩き始めた。

 霞ヶ丘駅は分線もあるため大きく、駅ビルの改札目の前に早朝のサラリーマンやOL向けに作られたカフェがあった。修が言っていた『カササギ』とはこのカフェを指していた。

「……お前、それ本当に全部食うきか……?」

「そうだよ♪」

 小さい二人掛けの席に所狭しと並べられたケーキの数。春先は最後の苺の季節、テーブルの上にあるケーキもその殆どが苺を使用したものだった。

「あんまり食うと夕食に影響が出ると思うぞ……オレは……」

「そうだよ、立花君。大月君の言うとおりだよ」

 笑いながら新たなケーキを持ってきたヒゲの男性が二人に声を掛けてきた。

「はう、だってこの新作って今日までの限定なんだもん……」

 ちょっぴり泣きそうな顔で言う修に対して二人とも声を上げて笑った。

「そういや、マスター、次の新作って何を出す気なの? 今度の特集で出したいからさ」

 大月は懐からメモ帳を取り出すと、同じように修も目を輝かせながら目の前に立つマスターの次の言葉を待っていた。

「うーん、そうだな、次はやっぱりスイカとかかなぁ」

「んじゃ、カップケーキとかがメインになるの?」

「そうだねぇ。でも、それだけじゃパッとしないからね……まだ構想段階かな他にもココナッツとか色々、季節的にも悩みが増えるんだけどね」

「なるほど、マスター花粉症持ちだったもんねぇ」

 メモを取りながら彼は、にこりと相槌を打ちながらも些か同情の声が混じった。

「しかし、大月君のおかげで宣伝費が浮いて助かるよ」

 冗談めかしたマスターの台詞に大月がピクリと反応を示した。

「宣伝費代わりに、今回の分はマスターのおごりって事で! どうですか!?」

「それはダメ。試作分でチャラでしょう♪」

 笑顔で大月の台詞をかわすと、まだ仕事が残っているからと残して奥の調理場へと戻っていった。

「わ〜い、次の校内新聞が楽しみだね」

 満面の笑みでケーキを味わっていた修は次に校内新聞を彩るケーキの味を想像して、またとろけきった笑顔で言ってきた。

「おうおう、そう言ってくれるのは修だけだよ。と言うわけで、来月の文化祭ではまたミス嶺徳に選ばれるといいな」

「だぅっ! 何でそうなるのさ〜! 大体、おかしいよ。僕だってれっきとした男の子なんだよぅ!」

「普通“男の子”なんて自分じゃ言わないだろうが……面白かったぞ♪ それにクラスの女子からも票が入った男はお前くらいだ! 誇れ!」

「あうぅ……それは誇れないようぅぅ……」

 むすっとした顔で修が抗議するが、大月が自分のケーキを一欠けらその口に収めればすっかり表情は緩んでしまった。


─―お兄ちゃん、今度一緒にケーキ作ろうね。


「……っつ」

「おーちゃん、大丈夫?」

「ん……ちょっち、熱かっただけだよ。と、もらい♪」

 瞬間的に押し寄せた痛みに大月は何事も無かったように平静を装い、耐えながらテーブルの上にあった残りのケーキを手前に引き寄た。

「おーちゃんズルイっ! て、おーちゃん本当に大丈夫? 顔色悪いよ……」

「そうか? 気のせいだろ」

 心配そうに顔を覗き込んできた修の目には大月の青ざめた肌が暖色のライトの元でも浮かび上がって見えていた。その実、大月は胸に感じる痛みに時々意識を持っていかれそうに幾度となっていたが、目の前の友人に気を使い気力だけでどうにか耐え抜いていた。

「さて、そろそろ帰らないとタイムセールの時間が始まる!」

「お買い物?」

「そうそう、親が今日は遅いって言ってたし。夕食の準備くらいはしてあげないと」

「偉いね、おーちゃんは」

「もっと褒めて〜、親からは褒められないし」

 笑いながら伝票を手に取り、会計を済ませると奥から再び顔を出したマスターと別れの挨拶を交わし、最後にまだケーキを目の前に椅子に座ったまま心配そうな面持ちの修へ手を振って別れを告げた。



 しかし、店から少し離れた場所にある駐輪場でついに彼は崩れるように倒れてしまった。

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