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10.子供は何故か指先だけ握る

「なあ、修……お前も『視える』んだっけ?」

 囁くように呟いた大月に、修はうまく聞き取れずに「なに?」と問いかけなおしていた。

「きっと、オレはこれが最後なんだろうな……こうして近くで見れるのも。

 麗菜、ごめんな……自転車一緒に見に行けなくて。一緒にケーキも作れなくて……、約束守ってやれなかったな」


 ――お、にいちゃ……

    おぼえて、るの?


「いくらオレだって、誕生日の約束くらいは覚えてるよ」

 震える声で告げる言葉を聞き、妖は振り上げかけていた腕を下ろし麗菜の姿を象り、攻撃に転じようとしていた嵐もまたその手を止めていた。

「……まだ怖いってのが本音だし、いまもあの道、通れないんだよ。

 情けない……よな」

 苦く笑いながら麗菜の更に先にある道へと視線を向けた。テナント募集の看板が掲げられている店舗の前に枯れた花があった。

 手向けるものが少なくなった証のように、くたびれて誇り高そうに咲いていた面影もなくなっていた。

「ずっと、怖くて……寝てもあのときの事ばっか、夢に出てきて……」



     忘れようとしてた……


  でもさ、忘れきることなんて……


   出来るわけがなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 梅雨に降る雨は粒が大きく、空は朝だというのに暗い。

 仲のいい友達と運良く出会えると麗菜は大きな声で名前を呼び駆け寄っていく。途中まで通学路が同じだった彼は数歩遅れて歩いていた。

 分かれ道は駅に向かう途中の道で曲がるかそのまま進むかの違いだった。

 いつもと同じように立ち止まることなく、短い言葉だけを交わし別れていった。

 友達と歩く妹の姿が路地の影に見えなくなってから本当に直ぐの出来事だった。

 急ブレーキと悲鳴を上げたクラクションに、心臓を鷲掴みされるような痛みが走った。

 緊張と同時によぎる不安を一抹の希望を抱えて彼は来た道を走り戻った。

「麗菜っ!!」

 目の前に飛び込んできた凄惨な現場に怖じもせず、恐慌に陥る現場をかき分けていく。

「麗菜、麗菜ッ!」

 雨に流れる血の匂いに縮こまる胃を押さえ、駆け上がる吐き気をこらえ名前を叫んだ。

「……ぃ……おに……」

 微かに聞こえた声を頼りに瓦礫と化した壁の残骸ざんがいをどけ、麗菜の姿を探した。一際大きな瓦礫がれきの下に見えた小さな手を掴もうとするが思った以上の狭さに苦戦を強いられた。

「待ってろ、すぐ、助けるから!」

 渇望しながら叫び、小さな体の上に圧し掛かる瓦礫に手をかけた。しかし、予想以上の重さにびくともせず、それでも諦められなかった。

 僅かに聞こえてきた事故の凄惨さをはやし立てる声に、思わず怒鳴り返し直ぐに瓦礫を退かせようと向き直った。

 諦める必要なんて何処にも無い! そう、心の中で何度も自分をふるい立たせていた。

 やがて何人かの野次馬も助けようと動き始めたが、無情の雨がその手を滑らせ難航させていた。

「いた……いちゃ……たす……けて……」

 妹の声に重なるように苦痛に顔を歪める幼い子供たちは必死に生きようとあがいていた。

 小さな手を精一杯伸ばして助けを求め、それに応えようと手を伸ばした。

 指先だけが微かに触れると、もう一度手を伸ばし小さな腕を掴んだ。

「っ!!」

 触れた腕が急速に冷めようとしていた。

「麗菜!」

 温もりが遠くなっていく恐怖に幾度となく叫んだが、既に返ってくる言葉はなかった。



 脳裏をよぎる記憶に引きずられないよう必死に耐えながら、震えを押さえ込もうと自然と両手に力が入った。

「あっちゃん……」

 かけられた言葉に嵐は構えを解き、双眸に宿っていた鋭い光もまた影を潜めた。

 見届けたあと修は大月の側へ寄りいつものようにやんわりと笑いかけた。

「ちゃんと、約束……覚えてたでしょ」

 安心させる笑みに麗菜は小さく頷いた。

 そして、初めて少女の顔に笑みが浮かんでいた。


 ――うん……おぼえてた。


 嬉しそうに微笑んだ麗菜だったが、息を詰まらせるように胸元を押さえた。


 ――ダメだよ。

  ずるいよ……


       ぼくたちは……?


   見捨てられるの……


 言葉と共に麗菜の足元から小さな体を覆いつくすほど闇が生まれた。

 羨望の言葉にはっきりとした嫉みの黒い言の葉。

 裏切りを許さぬ怨念の声に麗菜は倒れ、助けを求めるようにその手のひらを伸ばした。

 震える小さな手を取り込むようにあやかしはどす黒く色を染めながら麗菜を包み始めた。

「麗菜っ……」

 覆うものは違えど再現されていく悪夢に、大月は動悸が早くなるのを感じた。フラッシュバックする記憶の断片を必死に振り切りながら手を伸ばた。

「ごめんな……やっぱり、何があっても大事なもん守りたいんだよ。だから……

 だから、助けてくれ」

 いつの間にか流れ落ちていた涙も拭わず、懇願する言葉に思わず妖の侵食がゆるんだ。

「二度も大事なもんが、目の前で消えていくの……見たくないんだよ……っ」

 嗚咽おえつ交じりに叫びながら、しっかりと麗菜の手を握り締めた。

 しかし、妖は拒絶するように緩く首を振った。


 ――いやだ……よ。

  なんで……?

     わたしたちだって……


                     助けて欲しいのにっ――


 初めて吐き出された言葉に麗菜は振り返った。助けを求める者も側におらず、声もなく途切れた命。

 鮮明に思い出す泣き暮れていた家族の姿。触れようとして、すり抜けた指先。

 掴もうとして掴めない現実に子供たちは途方にくれ、寄り添いながら移り行く日々を眺めているしかなかった。

 何もできない悲しさと家族との思い出が消えていく不安は次第に、恐怖になっていった。

 それはあの事故からどれほど経ってからの事なのかすら分からない。

 寄り添って過ごしているうちに見えるものが繋がっていった。抜け落ちていく記憶の恐怖も繋がっていった。

 誰かに存在を気がついてもらいたくて動き始めた頃、溶け合っていた事に気がついた。

 僅かに残る記憶から家族を見つけ駆け寄ろうとした……

 けれど、幸せそうに笑う姿を見て、大事な何かが壊れてしまった。

 それから曖昧な記憶を持ったまま彷徨さまよいい続けていた。いつかの日に示された道もあったが通ってしまえば紡ぎあげた新しい絆もなくなる気がした。


 ――お兄ちゃん……


 困惑したまま麗菜は兄の手を払い、そして自ら妖の中へと潜った。

「麗菜! なんで……」


 ――いっしょ、だから……


 愕然と妖を見つめる大月に麗菜は答えた。しかし、溶け合った事で言葉は不明瞭となり聞き取りにくかった。

「そう云うことか……」

 今まで沈黙を保っていた嵐が微かに呆れたニュアンスで呟いた。

 分けが分からず助けを求めるように振りかえる大月に彼は緩く首を振った。

「お前の妹自身がそこにいることを望んでいた……ただ、それだけだ」

「そ、そんな……」

 淡々と告げられた言葉にどうすることも出来ずに力なく地面へ視線を落とすしかなかった。

「ねえ、僕思うんだけど……いい?」

 小首をかしげながら修は妖の目の前にしゃがみこむと、優しい目を向けていた。

「忘れるって言うのは、思い出になった、て事じゃないのかな? 幸せに笑えるならきっと悲しかった気持ち、乗り越えた証だと思うよ。

 精一杯、みんなの分もちゃんと生きようって……。

 悲しい顔ばっかりしてたら、みんなが悲しい思いするって思ってるんじゃないかな?」

「っ、修……」

 不安を張り付かせた子供たちを修は躊躇いもなくその両手で包み込んだ。

 耳元で聞こえるのは必死に否定して今を保とうとする声と、疑問に満ちた声だった。

「正直、答えは僕にも分からないよ……

 でもね、ずっと泣いてたらいつか疲れちゃって寝ちゃうことだってあるでしょ?

 それから起きたら、結構すっきりしてたり。

 きっと、それと同じなんだと思う。

 僕たちは生きてるから、みんなとずっと同じ場所には居てあげられないけど、この道を通れば……おーちゃんは思い出すよ、みんなのこと。

 もちろん、僕も……あっちゃんも、ね?」

 行き成り投げかけられ嵐はぎょっとなったが、直ぐにそっぽを向いて知らん、と言い放った。

「もうっ、こういう時くらいは素直に“そうだね”くらい言ってくれてもいいのに」

 修はぷくっと頬を膨らませたが、それも直ぐに収まり代わりに小さく笑っていた。

「ヒドイね。でも、忘れようとか覚えてなきゃダメなんだーって足掻いてるうちは笑えないんだよ……

 苦しい事や嫌な事ばっかりで、ずっと痛いから……

 人を傷つけてしまうのも、みんなずっと苦しかったことを伝えたかったんだよね?」

 よしよしと、あやすように頭を撫でる始めると妖から小さな嗚咽が漏れ始め、わんわんと盛大に泣きそれぞれの姿を取り戻し始めていた。

「一人でいるのは寂しいから……ただ、一緒に手をつないではぐれない様にしてただけ。

 いつもと同じように手をつないで歩いていこうと思っただけ……」

 その言葉に大月は小さく声を漏らしていた。確かに、麗菜は登校の最中には友達と手をつないで歩いていた。あの日も、濡れるのも気にせずに二人仲良く手をつないでいた。

 帰りに見つければ、他の友達とも長い列を作るように繋いでいた。

 それでいて、帰り道の手を放す瞬間はひどく寂しそうにして、直ぐに笑顔で別れの挨拶を告げていた。

「麗菜……お前……。オレ、ずっとお前しか見てなかったのに……

 お前はずっと、友達の手、繋いでたのか……」


 ――助けて、お兄ちゃんっ!

  みんな、助けてっ ――


「全然、気がつかなかった……」

 脱力したように項垂うなだれた兄の頬に小さな手が確かに触れた。

『お兄ちゃん、ごめんね』

 麗菜の手はいたわるように頬を撫で、ぎゅっと抱きついた。

 一瞬戸惑ったが、背中を抱く懐かしい小さな感触を確かめた。

『約束したのに、やぶっちゃったね……だから、ごめんなさい……

 あたしね、お兄ちゃんのこと大好きだよ。

 もう、泣いちゃ……ダメだからね』

「妹に心配されちゃ、兄貴の名が廃るな……」

 そして、ようやく言えたと呟き兄の側から離れ、今度は嵐の側へと走りよった。

『嵐お兄ちゃん、ちょっと……怖かったけど……

 もう、大丈夫だから。お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします。

 それと、ごめんなさい……痛かった、よね?』

「このくらい慣れてる。それにしても、妹の方が随分、しっかりしてるみたいだな」

 意地の悪い笑みを浮かべて大月へ視線を向けると、彼は「オレの躾がいいからな!」と誇らしげに胸を張って答えていた。

 最後にまだ泣き止まない子供を一生懸命あやす修の元へ走った。

『修お兄ちゃん、ありがと。約束守ってくれた……

 お兄ちゃんに会わせてくれて、ありがとう。

 みんなを助けてくれて、ありがとう』

「ううん、きっと僕だけじゃ会わせてあげられても、みんな助けてあげる事なんて出来なかったよ。

 おーちゃんが、麗菜ちゃんに会うことを覚悟してくれて、麗菜ちゃんが友達を助けたいって思ったから、約束守れたんだと思うよ」

 修と麗菜たちが笑うと微かに空が明るくなってきた。

 夜が明けるのにあわせ、麗菜たちの姿がかすみ始め柔らかな風が辺りを吹き抜けていく。


 ――ありがとう。


      ねえ、また手をつないでもいい? ――




 ――みんないっしょに、歩いていこうね――

長らくお付き合いいただきありがとうございました。

反省すべき点は多々あるのは分かってますが、ひとまず、この話は終わります。


書き終えて思うのは、描写もそうですが何より時を経て動かしたキャラの性格が、なんとも微妙に。

大月も本来サブキャラだったから、一人だけ苗字で地の文で書き続ける結果に……

色々消化不良だったり、練り込み不足だったりしますが、本当に最後まで読んでくださってありがとうございます。

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