帝国の皇子が弟のお尻を狙っているので、対抗策として公爵閣下と結婚することになりました。
この三ヶ月の間、一体何回同じ質問を聞いただろうか。
「ハノはなんと言っていた?」
18年の間にすっかり板についた淑女らしい愛想笑いを貼り付けながら、目の前のヒトモドキを見る。
「私の弟は、私の意思に従いますと言っておりますわ。」
「なに?そうか…私のハノは本当に奥ゆかしくて出来た子だな…。」
っ、危ない危ない。もう少しで拳が出てしまうところだった。
思わず握り締めた拳とギリッと噛み締めた唇を、優雅にナフキンで口元を拭うという淑女ムーブで誤魔化す。
わざわざ『私の弟』と強調してやったというのに、なぁにが『私のハノ』だ。
「私の弟と私は相思相愛ですから。お忙しい殿下の御手を煩わせることは何一つございません。」
あからさまな牽制と拒絶。皇族に対し、不敬罪ギリギリの立ち回り。
早く去れ、とっとと帰れ、とずーっと言外に匂わせているのにも関わらず、目の前のバカは一向に動こうとしない。
「そうかそうか。姉弟仲良きことは美しきかなだな。しかしそれでは将来的にご令姉殿が困るであろう?ハノを帝城で預かれば、ハノにとってもご令姉殿にとっても良い事だと思うのだがなあ。」
弟を馴れ馴れしく名前呼びしてんじゃねぇよ、クソ皇子が!てめぇが居る城にやるなんざデメリットしかねぇだろうが!
……と言ってやりたいが、相手は腐ってもこの国の皇子殿下なので絶対に言わない。
私は淑女…私は淑女…。
「ええ、確かにそうかもしれません。ですが皇子殿下。わかってくださいませ。私達はもう、この世でたった二人きりの家族ですの。時間の許す限り共に在りたいと思うことは、罪ではありませんでしょう?
そして実際にそうすることで将来的になんらかの不利益を被るとしても、唐突に愛する家族と引き裂かれてしまう胸の痛みなどとは比べるべくもありませんわ…。」
小さく震えながら、ほろりと一粒涙を零す。
よしよし、上手くいった。
いつも成功率は7割といったところだが、今日は調子がいい。
「ですからもう、私と弟のことはご放念下さいませ。
我が家の仕事は父が病に臥す前から私に任せていただいておりましたし、こうなった今は爵位を次いだハノを支え導くことこそ、私が唯一人残ったハノの肉親としての責務であると思っておりますの。
私が父から賜った知識と教養を弟に授けている間に、うっかり家を傾けてしまう⋯というような愚行を冒すことは決して致しません。その誓いの下に皇家の方々に今の形を認めて頂いたのですもの。
その他のことにつきましても、既に然るべき機関にご助力を仰がせて頂いておりますから、殿下にお心を砕いて頂くようなことはございません。」
「いや、私個人が好きでしていることだ。そもそも領地だけでなく家政だっ⋯」
「それに!あまりこんな事を言いたくはありませんが!皇族の方が一貴族を特別目に掛けるようなことをしてしまっては、他の貴族方に示しがつきませんわ。
今ですら我が家は難しい立場なのです。貴方様がハノを連れ帰ってしまったら、ハノも私も瞬く間に悪意の標的となり、皇家の威光にも翳りが差すこととなりましょう。そのようなことは、我が家にとっても殿下にとっても望ましくないことと存じます。
ですからどうか、私共を思って下さるのでしたら、どうか…!どうかご容赦くださいませ…!」
てめぇの出る幕なんざねぇんだよ!一昨日来やがれブワァーカ!という本音は腹の底の底に隠して、最大限に弱々しく憐れに見える様にハラハラと涙を流しつつ一気に畳み掛ける。バカに喋る隙なんて絶対に与えさせるものか。
一筋涙を流せたら、後は簡単。こういうのはコツがあるのだ。
嗚呼、悲しき哉。
目の前のバカのお陰で、どんどん演技力が磨かれていっている。
そのうち帝都一の劇場からスカウトが来てしまうかもしれない。
この分であれば弟が無事婚約者を迎え、二人で支え合って頑張っていきます!となった後でも安泰だ。
ヤーアリガタイナー。ミライハアカルイナー。
「…ウォルフォード殿下。これ以上の御滞在はオルガ殿の仰る通り、殿下の信望に差し障りがあるかと。元より貴方様は御婚約者様があらせられる身。私が居るとはいえ、他の貴族の家で女性と二人という今の状況は要らぬ邪推を呼びかねません。」
早くこの人生で最も無意味な時間が終わらないかなあ…と現実逃避をしかけていたところで降ってきた天の声。
ナイスです、ヴァーゲレヒト公爵閣下!
バカがあまりにもバカ過ぎるせいで公爵閣下がお付きみたいになっているという事態に見ざる聞かざる言わざるを徹底していたのだが、こうなってくると期待の眼差しを送らざるを得ない。
もっと言ってやって!そして一刻も早くこのお腐れ様を連れ帰ってやってくださいな!
「しかしだな…」
「はぁ…わかりました。殿下がそんなにもアンクライス家の現状をどうにかしたいと仰るのでしたら、私に考えがあります。オルガ殿。」
…えっ?何?私?
「は、はい。」
「私と結婚しましょう。」
「…は?」
「は?」
******
今から三ヶ月前。
アンクライス伯爵であった父、エドゥアルド・ツー・アンクライスが、長年の闘病の末に他界した。
父は亡くなる直前まで言っていた。
『頼む、ハノをあのボンクラ皇子からなんとしてでも守ってくれ』
と…。
アンクライス家には二人の子供がいた。
父に似て勤勉で気の強い姉・オルガと、母に似て穏やかでよく気がつく弟・ハノ。
ハノが産まれたのはオルガが10歳の時。
生まれつき身体が弱く、今回の出産を乗り越えるのは厳しいかもしれないと言われていた母は、ハノを産むと同時に息を引き取った。
アンクライス伯爵家は、元はこの国の一兵士が規格外の活躍をした為に生まれた新興貴族だ。
軍事国家ブリューデス・ジェルムラント、通称ゲルム。
昔昔は隣国であるフィデリカと、更に向こうの国アディルスの3国で1つの国であったらしいが、神の奇跡を強く信じるフィデリカを魔導のアディルスと軍事のゲルムが魔導科学と武力で蹂躙…要は裏切りによる革命戦争が起きて内部分裂、その後にそれぞれで首都を制定し直し国を再建したという、なんとも血腥い歴史のある国だ。
そんな血腥い国で、血腥い兵士が評価されて、オルガの生家アンクライス伯爵家は生まれた。
運が良いか悪いか、アンクライスの人間はどうも戦いだけでなく商才や経営手腕もあったようで、血腥い功績で伯爵位を授かった新興貴族であるにも関わらず皇室からの覚えが目出度かったのも良くなかった。
武力第一の国ではあるものの、武力で成り上がった貴族に対して、他貴族達の目は非常に厳しいものだった。
アンクライス家の人間は、良く言えば真面目で誠実。悪く言えば四角四面で杓子定規。
誰が相手であろうともグレーを見過ごせず、白か黒かを明らかにしたがる血筋は、当然の事ながら他の貴族からは割合煙たがられることの方が多かった。
つまりどういうことかと言うと、アンクライス家は生まれてから今に至るまで、他家との結び付きが絶望的だったのだ。
母が亡くなってからのオルガは、落ち込む暇もない程に多忙だった。
日中父が出ている間、家に居る直系の人間は年端もいかないオルガと生まれて間もないハノだけ。
加えてアンクライス家の評判は決して良いとは言えない。
よって、家に置いておく人間を改めて厳しく精査する必要があると考えたオルガは、葬儀が終わるなり使用人の大半に紹介状を書き、他所へと送り出した。
齢10歳にして居ない母の代わりに女主人として最低限の使用人と共に家政を取り仕切りながら、姉として母としてハノの世話を焼く日々。
口さがない者達は『幼い女子供が我が物顔ででかい顔をしているおかしな家』だの『兵士上がりなだけあって家族の死を悼みもしない冷血な家』だのと好き勝手な事を並べ立てる。
そんな状況下でエドゥアルドとオルガに入ってくる話など、アンクライス家を侮った程度の低いものばかり。
心から信頼出来る人間は家の中に居る者以外は居ないも同然。
そういった環境で育った幼い弟・ハノにとって、世界の全ては姉のオルガだった。
姉を慕い、姉に憧れ、いつしか姉の真似をするようになったのは必然だった。
小さな身体に姉の私物である大きなレースのショールを巻き付けて、ねねさまのドレスとお揃い!と無邪気にはしゃぐハノ。
母に似た柔らかな線の愛らしい顔立ちで、姉と同じような格好をして姉の口調を真似るハノは、さながら"リトルレディ"のようであった。
本来であれば、伯爵家の嫡男として相応しい格好と振る舞いをせよと叱責すべき所であったのだろう。
だが、オルガも父も
ハノの中に残る母の面影を消したくない、潰したくない。
と思ってしまったのだ。
家の中だけ、今だけなら、と許してしまったのだ。
そのアンクライス家らしからぬ甘さが⋯期間限定のリトルレディが、アンクライス家の人間達にとって最悪の事態を招いてしまうとも知らずに。
本来であれば姉のことが大好きな幼い弟の、可愛らしい成長の一過程として笑い話になるだけの筈であった"姉の真似"をしたハノ。
邸の裏庭でオルガと共に礼儀作法やプロトコールを学んでいた時に、それは起こった。
アンクライス家の領地であるノイエンルートの視察に来た皇后陛下に気まぐれでたまたまくっついて来た第三皇子ウォルフォード殿下の目に、ハノが留まってしまったのだ。
視察先の領地のことも、その地を管理しているアンクライス家のことも、何一つ知らない愚かな15歳の若き皇子は、ハノを見掛けるなり護衛を振り切り無断でアンクライス邸の敷地内に侵入。
必死で追い掛けてきた皇后陛下と護衛の制止も聞かず、その場で3歳のハノを無理矢理抱き上げて求婚。
そして予定よりも随分繰り上がった皇后陛下の邸来訪に慌てふためいてやって来たエドゥアルドに向かって
『私がこの子を貰ってあげます!皇家との繋がりが出来るなど願ってもないことでしょう!』
などと令嬢相手であっても無礼極まりない発言で婚約の申し入れをするという蛮行をやってのけたのである。
暴走する皇子からやっとの思いでハノを引き剥がし、オルガと家庭教師がハノを連れて屋敷内に逃げる傍ら、皇后陛下と父の二人がかりで説得を試みるも暖簾に腕押し。
あの子は男の子なのですと言われれば、ならば私の小姓になってもらおう!と言い
あの子はアンクライス家の嫡男で跡取りなのですと言われれば、姉がいるなら婿を取らせれば良いだろう。それで血は保たれる!と言い
血を分けた息子が居るのにわざわざ他所の男に家督を譲るなどそんなバカげた話はないと言われれば、皇家との尊き繋がりの方が重要だろう!と言い放つ。
最終的には皇后陛下が苦し紛れに
それなら姉のオルガさんにお嫁さんに来てもらいたいわ!見目も能力も申し分ない素晴らしいお嬢さんだもの!
と、皇子と近い年齢かつ女であるオルガを推すも
『確かに美しかったですが、気取っていていけ好かないです。好みじゃありません。』
と一言も言葉を交わしていないにも関わらずに吐き捨て、不貞腐れる始末。
そのあまりの傍若無人ぶりに堪忍袋の緒が切れた皇后陛下が皇子に平手打ちをかまし、本格的に逆ギレした皇子とその場で激しい口論の末に取っ組み合いの争いに発展。
帝国内で最も身分の高い二人のプライベートな親子喧嘩故に周囲も仲裁したくても下手に割り込めないという、正に阿鼻叫喚地獄へと突入した。
急に全く知らない大きな男に捕まり、身動きが取れない状態で大声で何かを捲し立てられ、いつも凛として頼りになる姉が恐怖で震える姿を目の当たりにし、外から漏れ聞こえる大人二人の怒号を聞き続けた3歳の幼い少年は、その日以降屋敷から一歩も出られなくなってしまった。
物怖じせず天真爛漫だったハノは、すっかり対人恐怖症になってしまったのだ。
だがアンクライス家にとって最悪な事はその程度では終わらなかった。
ウォルフォード殿下が、アンクライス家に三日にあげず来るようになってしまったのである。
ハノに会いたい、ハノを一目見たい、見られないならばせめて贈り物を、文を、と来る度にしつこく、皇家に抗議書を送るも、そもそもウォルフォードがバカ過ぎて周囲がどう働きかけても一向に改善されず、それどころかどんどん悪化していく始末。
仕舞いにはどこから場所が漏れたのか、ハノの部屋を覗こうとまでするようになり、ある程度物事の分別がつくようになってからのハノは、とうとうオルガの部屋以外にも居られなくなってしまった。
この状態はハノが13歳になった今も継続している。
皇家の方々は男の尻を追いかけ回している限りはバカが他所でバカを仕出かす心配が無いからと最早放置を決め込んでいる。
流石は腐った皇子の家族だ、性根が腐っている。
バカの中では己とハノは恋愛悲劇の王道である《ロメリオとシェリーリエ》の二人のようだと思っているらしく、度々『あの窓からこぼれる光は何だろう? 向こうは東、とすれば、ハノは太陽だ!』などと件の名セリフを捩ったような言葉を今尚我が家の庭で吐いているのだから、本当に救えない。
『伯爵家の嫡男として必要な事は叩き込んできたけど、この調子ではハノを貴族家の矢面に立たせるのは難しいわね⋯。だけど爵位を返上して平民になろうもんなら、ハノは直ぐさまバカキショペド皇子に囲われてしまうわ。
この際私のことはどうでもいいわ。適齢期を過ぎて嫁ぎ先が無くなっても、私一人なら市井に下るのも問題ないでしょう。とにかくハノが大人になるまで、なんとしてでも時間を稼がないと。』
と思っていた。つい今しがたまでは。
「お前とオルガ殿が結婚とは?どういうことだ、アルブレヒト。」
「殿下が気にされているのは、ハノ殿の後ろ盾でしょう。現時点でアンクライス家はほぼ孤立無援と言っても過言では無い。
ですが、私とオルガ殿が婚姻関係を結べば、誰の目にも明らかな形でヴァーゲレヒトがハノ殿の後ろ盾となれます。
後ろにいるのが我が公爵家となれば、表立ってアンクライス家を追い落とそうとする者は居なくなる。殿下の憂いは払えましょう。」
「それはっ⋯しかし⋯。」
なおも何か言い募ろうとするバカに対し、閣下はスっと目を細める。
往生際が悪いとか思ってるんだろうなぁ⋯私もそう思いますよ。
「そもそも、この状況は殿下、貴方が招かれたことですよ。
エドゥアルド殿は大変優秀な方だった。武官としても文官としても非の打ち所の無い、誠に素晴らしい方でした。
本来であればアンクライス家は、とっくのとうに貴族達から受け入れられているはずでした。
帝城内の彼方此方で彼がどれだけ重用されていたか、皇族である貴方ならよくご存知でしょう。
にも関わらず、アンクライス家への風あたりは依然として強いまま。
彼の方の生前の努力を0どころかマイナスにしてしまったのは、ウォルフォード殿下。偏に貴方の振る舞いのせいです。
他ならぬ貴方が、アンクライス家の足を引っ張って居られるのです。」
ただの事実を述べているだけだというように静かに淡々と話す公爵閣下。
アルブレヒト・フォン・ヴァーゲレヒト。
通例であれば公爵閣下といえど皇子殿下に対し不敬では?となるところだが、彼に関して言えばそうはならない。
ゲルム発足時、国が生まれた経緯を教訓に、国内で革命を起こさせないために
《皇帝が人の道を違えた時に真っ先にその首を落とす役割》
として、初代皇帝と血を分けた弟がヴァーゲレヒトの名を与えられ、皇室の抑止力に据えられた。
アルブレヒト・フォン・ヴァーゲレヒトは皇位継承権こそ持たないものの、歴とした皇族の血筋であり、この国で唯一皇族を真っ向から断ずることの出来る人物なのだ。
そんな人を我が物顔でお付きのように扱う天性のバカ、ウォルフォード。
このバカを止められる人物がもはやヴァーゲレヒト公爵閣下しかいないとは⋯ある意味最強なのかもしれない。
「なんだと?私はただ、ハノを気にかけていただけだ。」
「その気にかけるという事が問題なのです、殿下。貴方がアンクライス家に通いつめ続けたせいで、アンクライス家の功績は全て『皇家の贔屓あってのもの』だと言われているのです。
貴方の御婚約者様のことに対してもです。
本来ならばもっと密に交流を重ねなければならないところを、貴方は必要最低限以下の文のやり取りしかされておられない。
貴方の御婚約者であるエルザマリア様は、隣国の公爵家の御令嬢。ウォルフォード殿下とアンクライス家は隣国との繋がりを軽視し、侮っていると取られても何ら不思議はありません。
無論、殿下の生家であるケーニヒシュテルン皇家と、婚約者様の生家であるヴァレンテ公爵家は、この事は殿下のみの問題であると重々承知しているとのことでしたが⋯他の貴族家はそうは参りません。
先程オルガ殿も申し上げた通り、殿下とアンクライス家に猜忌の念を抱いてしまうのは、至って自然な事ではないかと思われますが?」
「なっ⋯!」
閣下、すごい⋯!
バカがやり込められている!
なんか我が家も大分殴られてる気がするけど、全然良い!むしろもっとやっちゃって!と叫びたい!
淑女らしくないから、ニヤつく口元を手で隠して、まぁ⋯!みたいな顔しとくけど!
私が呆気に取られている貴婦人風を装っていると、殿下への口撃が一段落したらしいアルブレヒトが、身体ごと此方に向き直り、深く頭を下げた。
⋯深く頭を下げた?
「オルガ殿、本当に申し訳なかった。私もアンクライス家に猜疑心を抱く一人だった。
御父君が帝城で働いている間、伯爵家の仕事は皇室が請け負っているものとばかり思っていた。
だから殿下はノイエンルートに足繁く通われているのだろうと⋯。
まさか年若い貴女が一人で領地管理と家政を兼任しているとは思わず⋯誠に、申し訳なかった。」
「そんな、閣下が謝られるようなことでは⋯というよりも、我が家の事は皆様方にそのように受け取られていたんですのね。」
「⋯まあ⋯概ね、そうだな⋯。」
他家とはほぼ断絶状態であった為に全く知らなかった新事実だ。
この人、嘘つけなさ過ぎでしょ。
さっきから殴られ過ぎて痛みすら感じない。
要は外から見たら、父は家の仕事を放ったらかしにして帝城に居着き、必死に皇家に媚びを売りながらちゃっかり家に居る姉弟と殿下の仲を深めさせようとしている野心家と見られていた。ということらしい。
「そうだったのですね⋯。」
正直なところ、そりゃあそうだろうなという気持ちが強い。
『兵士上がりの新興貴族がいきなりそんなに仕事できるものなのか?』と疑われるのは、ある意味で仕方のない面もある。
貴族は序列を重んじるもの。真っ当な教育を受けてきた貴族ほど、自分が下位の人間より劣っているなんてあってはならないことだと教え込まれているはず。
そんな常識の中、伯爵位とはいえぽっと出の新興貴族にいきなり自分達の仕事の大半を奪われたら、何か裏があるのでは?と思われるのは必然。
更に言えば、私を含めて家の人間達は忖度という言葉を知らない。
戦乱の世ならばいざ知らず、比較的平和を保っている今の世の中では、あまり褒められたものではない性質であるというのは自覚していた。
そもそも伯爵位なのに社交を殆どしてこなかったせいで、貴族間の人脈がほぼ0というところにも大いに問題があるだろう。
我が家の家庭教師や使用人達は、その殆どが戦災による被害者、戦災によって家を失った元貴族などの訳有りばかりだ。
家の話が外に出ることはないが、当然外からの話が入ってくることもない。
貴族らしい環境や教育は受けられても、真っ当な貴族としては如何なものなのだろうか? と以前から考えてはいた。
貴族にとっては社交も仕事。だというのに、そこを疎かにしていたのは間違いなく当家の落ち度である。
そんな我が家に、国内の誰よりも優秀でなければならない皇家の皇子殿下が介入していれば、ああなるほど皇家とズブズブなのか。と周囲から受け取られるのは当然の事だ。
「閣下、有難う存じます。当家の至らぬ点がよくわかりましたわ。我が家の世評は、我が家の不徳の致すところ。閣下が謝られることは、何一つございません。」
まあバカとバカの家族は許さないが、バカをやり込めて我が家の事も考えてくれているらしい閣下に対しては、むしろ感謝しかない。
「その度量の広さは、正に領主の器だな⋯我が国に女性への家督の相続権が認められていない事が残念でならない。こんなにも優秀なアンクライス家が燻ったままでいてもいいとは、私にはとても思えない。
だから改めて言わせて欲しい。
オルガ・ツー・アンクライス嬢、私と結婚してくれませんか?」
「⋯っ!」
⋯っっっくりした!キラキラで滅されるかと思った!これが本物の大物オーラか!
怖い!貴族怖い!私も貴族だけど!
とまあ、冗談はさておき。
申し出自体はかなり有難いものだ。
ハノの事は勿論のこと、我が家にとってもかなり易になる。私にはメリットしかない。
ヴァーゲレヒト家はそれでいいのか?とは思うが⋯まあ、家督であるアルブレヒトが良いと言うなら良いんだろう。
ええい、ままよ!女は度胸!時には思い切って飛び込む気概も大事!
「ヴァーゲレヒト公爵閣下。そのお申し出、謹んでお受けいたします。」
「はぁっ?!」
「そうですか。では、直ぐに戸籍局へ参りましょう。
お前達、すまないが急ぎ言伝を頼まれてくれ。帝都にいる父母に早駆けの馬車を。
オルガ殿、ドレスと指輪の手配はこちらでするが構わないな?」
「あっ、えっ、い、今からですの?」
「私も貴女も多忙な身の上ですから、早い方が良いでしょう。」
それにしたって早過ぎないか???
行動力あり過ぎない?これが出来る貴族の在り方なの?
私が困惑していると、立ち上がり騎士達にテキパキと指示を出していたアルブレヒトに、さり気なーく耳打ちされた。
「此方としては、一刻も早く殿下の貴宅への干渉を止めさせたいのです。急ぎ立てて申し訳ないのですが、何卒御協力頂きたい。」
「ひゃっ!わ、わかりました!閣下の良いようになさってください!」
吐息がかかり、変な声が出てしまった。耳元で薄ら笑う気配がする。
「存外可愛い人だったな。これからよろしく、花嫁殿。」
ちゅっ、と、これまたさり気なーく私の耳の縁にキスをして、閣下は離れていった。
⋯もしかして私、とんでもない選択をしちゃったんじゃない?
バカとアルブレヒトと我が家の今後に一抹の不安を感じつつ、流されるままにオルガ・フォン・ヴァーゲレヒトとなる事を、私はまるで他人事のように感じていた。




