民衆
勇者様のいる世界
勇者様が選ばれた日、街は少し明るくなった。
噂話が増え、酒場の話題が一つにまとまった。
「これで大丈夫だな」
「勇者様がいるんだし」
誰も、勇者様の顔をよく覚えていない。
でも、剣を持って立つ姿は知っている。
物語は、姿だけあれば十分だった。
旅の噂
旅の途中、情報は断片的に届いた。
魔物を倒した。
村を救った。
犠牲は少ない。
「すごいな」
「さすが勇者様だ」
私たちは安心した。
安心できることが、何より大切だった。
戦況が悪い話は、自然と広まらなかった。
重い話は、酒に合わない。
傷の話
ある日、勇者様が傷ついたという噂が出た。
でもすぐに、続きが付け足された。
「僧侶がいるから大丈夫」
「仲間も優秀らしい」
それで、話は終わった。
心配は、長く続けるものじゃない。
勝利
魔王討伐の知らせは、祝日になった。
理由は知らない。
倒したなら、それでいい。
歌が作られ、絵が描かれ、
物語はどんどん整っていった。
魔王の声が小さかったことを、
誰も語らなかった。
帰還
勇者様は、確かにそこにいた。
笑って、手を振っていた。
「幸せそうだな」
誰かが言った。
そうであってほしかった。
英雄が不幸では、困る。
訃報
「勇者は亡くなった」
驚いた。
悲しんだ。
そして、納得した。
英雄は、最後まで役目を果たすものだ。
そういう話を、私たちは知っている。
死因は、重要じゃなかった。
語られない部分は、想像しない。
像
像が建った。
剣を掲げ、前を向いている。
完璧だ。
これなら、安心できる。
子どもが像を見上げて言った。
「勇者様は、怖くなかったの?」
大人は笑って答えた。
「勇者様だからね」
それで、話は終わった。
次の話題
しばらくして、別の土地で異変が起きた。
また、勇者が必要だという。
「次も、きっとうまくいく」
「前も大丈夫だったし」
誰が選ばれるかは、重要じゃない。
勇者であればいい。
私たちは、今日も安心して眠る。
物語が、守ってくれるから。
勇者様が、どんな夜を過ごしたかは、
考えない。
考えなくても、
世界はちゃんと回っている。
ありがとうございました。
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