僧侶
焚き火の音は、いつも同じだった。
薪がはぜ、火の粉が夜空に散る。その規則正しさが、私は好きだった。
祈りも、治癒も、同じように正しい手順を踏めば結果が出る。
そう信じていたから。
彼――勇者は、炎の向こう側で剣を磨いていた。
傷だらけの手。包帯の下から、また血が滲んでいるのが見える。
「……少し、休みましょうか」
そう言うと、彼は顔を上げて笑った。
「大丈夫。勇者ですから」
その言葉を、私は疑わなかった。
むしろ、安心した。
彼がそう言うなら、きっと大丈夫なのだと。
回復
戦闘のあと、私は何度も祈りを捧げた。
光は確かに彼の身体を満たし、裂けた皮膚は塞がる。
魔法は成功していた。
数値で言えば、完璧だった。
「ほら、もう動けますよ」
そう言うと、彼は立ち上がり、少しよろめいてから踏みとどまった。
私は、その一瞬を見なかったことにした。
癒せるのは、身体だけ。
そう教わってきた。
心の疲れは、祈りの対象外だ。
だから私は、彼の沈黙を病気だとは思わなかった。
呪文
彼が深手を負った日のことを、よく覚えている。
前に出すぎた。
無理をした。
私たちは、そう総括した。
「次は、もっと上手くやりますよね」
冗談めかして言うと、彼は頷いた。
「勇者なら、大丈夫です」
私はそう言った。
励ましのつもりだった。
でも今思えば、それは命令だったのかもしれない。
――大丈夫であれ。
――倒れるな。
――勇者でい続けろ。
彼はそのすべてを、黙って受け取った。
魔王の夜
魔王城は、思っていたより静かだった。
戦いの最中、私は祈り続けた。
失敗できない。
勇者を倒れさせるわけにはいかない。
戦いが終わったとき、彼は立っていた。
だから、私は安心してしまった。
「……終わりましたね」
そう声をかけると、彼は小さく「うん」と答えた。
それだけだった。
泣いていない。
喜んでもいない。
私は、それを疲労だと判断した。
癒しを施し、歩けることを確認し、それで終わりにした。
帰還
王都での祝祭は、眩しすぎた。
彼は中央に立ち、英雄として振る舞っていた。
私は後ろに控え、異変がないか見ていた。
倒れない。
笑っている。
問題なし。
そう、判断した。
夜、祈りの前に一瞬、彼のことが浮かんだ。
だが私は、別の祈願を優先した。
世界の安寧。
王国の未来。
個人の魂よりも、守るべきものは大きい。
そう教えられてきた。
訃報
「勇者は亡くなった」
神官の声を聞いたとき、最初に思ったのは――
私の回復は、完璧だったはずだ ということだった。
死因は語られなかった。
誰も、問い詰めなかった。
私は、自分の手を見た。
何度も彼に触れた手。
癒しを施した手。
でも、その手で、彼を“人として”支えたことはなかった。
祈り
石像の前で、私は初めて、正しい手順を忘れた祈りを捧げた。
「……勇者でなくても、あなたは……」
言葉は、最後まで形にならなかった。
石の勇者は、剣を掲げ、前を向いている。
癒されることのない姿だ。
私は知っている。
彼が最後まで、助けを求めなかったのではない。
私たちが、勇者以外の姿を許さなかったのだ。
それでも、祈りはやめられない。
届かないと知っていても。
次の勇者が選ばれたとき、
私は、もう一度だけ考えるだろう。
癒すべきだったのは、
いったい、どこだったのかを。
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