上司
兵舎に戻り、シャワーを浴びる。
熱い湯が肩を打つたびに、体の中の重さが少しずつ抜けていく。
朝食を終え、配属を告げられた智は、挨拶のため、上司の部屋へ向かった。
扉をノックする。
「春坂智です。失礼します!」
返事と共に中へ入ると、デスクの前で書類をめくっていた男が顔を上げた。
その瞬間——智は、心臓を掴まれたように息を呑んだ。
体格も、髪型も、雰囲気すら違う。
それでも、一瞬、鏡の前に立ったような感覚が胸を突き刺した。
“自分に似ている”なんて生易しいものじゃない。
言葉にできない、強烈な既視感。
「今日からこちらの所属になる、春坂だな。俺は藤宮創一。この部署の責任者だ」
智は一瞬だけ言葉を失ったが、すぐに姿勢を正し、敬礼した。
「春坂智です、よろしくお願いします!」
藤宮も敬礼を返し、苦笑を浮かべる。
「そんなに固くなくていい。こっちだ」
”固くならなくてもいい”と言われても、肩に記されている中尉の階級章を見れば固くなってしまうだろう。そんなどうでもいいことを考えつつも、藤宮のあとに続く。
案内された部屋には、山積みの書類が並ぶ机がひとつ。
「今日から後方勤務になる。……俺は前線にいたんだが、まあ……少し前に足をやられてな」
ズボンの片側が空虚に折れている。
痛ましさより、その穏やかな表情に、智は少し救われるような気持ちになった。
「軍に残りたい理由があってな。こういう働き方しかできなくなったが、まだやれることはあるってわけだ」
「……自分も、やりたいことがあって来ました」
言うと、藤宮は目を細めた。
「そうか。じゃあ、気が合いそうだな」
胸の奥が、なぜかざわめく。
理由のわからない懐かしさだけが、心の底で静かに波紋のように広がっていった。
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智は、藤宮に案内されて机の前に立った。
「まずはこの部署の基本業務を覚えてもらう。物資管理、伝令、書類整理が中心だ」
智は紙の束を受け取り、目を走らせる。数字や符号が並んでいて、最初は何をどうすればいいのか分からなかった。
「全部覚えるのに時間がかかりそうです……」
小さくつぶやく智に、藤宮は軽く笑った。
「最初は誰でも戸惑う。だが、手順を覚え、優先順位を理解すれば日常業務としてこなせるようになる」
まずは物資管理。倉庫の物資を確認し、前線や野戦病院に必要な物をチェックしてリストにまとめる。
智は初めて触れる軍用品に緊張しながらも、手順通りに作業を進めた。数時間で少しずつ勝手が分かり、書類に書かれた数字の意味も理解できるようになってきた。
次に伝令の業務。紙の指示を受け取り、決められたルートで前線に届ける。歩くスピードやルートの効率を考える必要があり、最初は迷子になりかけたが、藤宮が後ろから声をかけてくれたことでなんとかクリアする。
最後は通信の操作。軍用の簡易通信機を手渡され、藤宮の指示で短い暗号文を送受信する訓練を行う。最初は手が震え、操作を間違えそうになったが、何度も繰り返すうちに落ち着いて扱えるようになった。
一日の業務が終わる頃には、智の胸の中に達成感が芽生えていた。
夢の残滓はまだ少し残っていたが、現実の作業に没頭することで、わずかな安堵と順応の感覚が彼を支えていた。
「よくやったな、春坂二等兵」
藤宮が微かに笑う。その声を聞くと、智は不思議な親近感と、朝以来の既視感を同時に感じた。




