第1話 書くのがつらい夜に
夜中に泣いた。
布団の中で嗚咽を必死に押し殺して、涙が止まらなかった。気がついたら寝落ちしていたようで、朝の日差しが窓から入ってくる。
翌朝、鏡を見るとまぶたの裏が腫れていた。
いつぶりだろう、こんなに泣いたのは。
子供の時に両親が離婚してからだろうか。
「酷い顔だな」
そう呟いて、鏡の中の自分にそっと触れる。
だけど、その手は届かない。
触れたかったのは、鏡の中の“自分”じゃなくて、
もう少し前を向いていた“あの頃の自分”だった。
書くことが好きだった。
世界を作るのが楽しかった。
でも、最近は文字を打つたびに心が削れていく。
誰かに届いてほしくて書いたのに、
「届かないかもしれない」という恐ればかりが
指先を重くする。
書けない自分が嫌になる。
なのに、書かずにいる自分も嫌になる。
まるで、どこにも居場所がない。
そんなとき、通知がひとつ届いた。
「あなたの物語が好きです」
たった一行。それだけなのに、胸が熱くなった。
涙は枯れたはずなのに。また目頭が熱くなった。
誰かが見てくれていた。
誰かが、この世界を覗いてくれていた。
たったそれだけで、
壊れかけていた心のどこかが、
かすかに灯りを取り戻す。
夜に泣いてもいい。
苦しくても、書くことを嫌いになれないなら、
まだ、私の中に“物語”は生きている。
今日も、腫れたまぶたで鏡を見つめながら思う。
「大丈夫。少しずつでいい」
書くことは痛みと隣り合わせだけど、
その痛みを知ったからこそ、
誰かの痛みにも、寄り添える。
そしてまた、机に向かう。
たとえ涙の跡が残っていても、
もう一度、言葉を紡いでみよう。
だって私は、
物語を愛して生きてきた人間だから。




