困惑と幼馴染 3
「なあ天ヶ瀬」
「なんだい?」
「お前さ、どうして笑わないんだ? こんなバカみたいな話、真面目に聞く価値あるのか?」
「笑わないし、バカにもしないと約束した」
「だからって」
「僕は約束を守るよ、それに」
それに?
「実を言うと、僕側にもそれなりに利がある」
「は?」
「大磯君、僕もね、今日健診を受けるのは、これで三度目なんだ」
なん、だよ、それ。
どういう意味だ?
三度目って、お前も時間が巻き戻っているのか?
まさか、そんな、なんで。
「理解不能だと困惑していたが、おかげである程度状況の整理がついた」
「それってどういう」
「君が話してくれたとおり、時間が巻き戻っているんだろう、そしてそのことを僕と君だけが認識している」
「俺達だけ?」
「君の周りでもそうじゃないのか? 僕の方は、うちの者は誰も騒いでいないし、何なら医師が健診の最中に挟む雑談の内容すら毎度同じだ」
確かに薫は毎朝同じ様に俺を迎えに来る。
母さんや藤峰のおばさんにも変わった様子はなかった。
「なんで」
「それは僕が知りたい」
天ヶ瀬は改めて溜息を吐く。
「しかし、君と僕はどうやら一蓮托生のようだ」
「え?」
「つまり君のループが終わらなければ、僕もこの先延々と健診を受け続ける羽目になる」
言いながら俺に腕を見せてくる。
うわ、白いな。
それに細くて滑らかで、なんだか女の腕みたいだ。
「ほら」
「な、なに?」
「ここだ、採血痕」
「はあ」
「僕はね、大磯君、感覚的には連日、既に三度も採血されている、そろそろ注射器を見るのも嫌になりそうだ」
何だよそれ。
採血くらいどうってことないだろ、俺は三度も殺されてるんだぞ?
若干ムッとして睨み返すと、天ヶ瀬はあてつけるようにまた溜息を吐く。
「とにかく、今度こそ上手く立ち回ってくれ、君がまた藤峰君に殺されでもしたら、僕はまた血を抜かれることになる」
「それくらい我慢しやがれ」
「君はまた殺されたいのか?」
「んなわけあるか! あんなのは金輪際ごめんだぜ!」
勢いに任せて立ち上がると、天ヶ瀬もベンチから腰を上げる。
「では、君の健闘を祈っているよ」
「おう」
立ち去ろうとした天ヶ瀬は、不意に足を止めて振り返る。
「そうだ、大磯君」
「何だよ」
まだ何か用か?
「一応言っておこう、今君に告げたとおり、僕は本日午前に健診を受けて、登校は午後からだ」
「だから?」
「また殺されたとしても、次回は登校したまえ、次は校内で話そう」
「はあ?」
「サボってその辺をうろつくよりずっとマシだろう、それじゃあね」
「お、おい、なんだよそれ、また俺が死ぬとでも思ってんのか!」
「ただの保険さ」
ヒラッと手を振り、今度こそ天ヶ瀬は行ってしまう。
何なんだあいつ。
保険ってなんだよ、俺は今度こそ薫に殺されねえぞ。
それを明日には証明してやる。
お前の気遣いは無用だったと思い知れ。
残りのジュースを飲み干し、空になった容器をゴミ箱に捨てる。
天ヶ瀬を乗せた高級車は音もなく走り去った。
あいつ、マジで何しに現れたんだ。
本当に様子のおかしい俺を見つけて、わざわざ話を聞きに来たのか?
いや、違うか。
あいつもタイムリープしてるって話していたから、原因を探っていたんだ。
そしてここで俺を見つけて、何かを感じ取り声を掛けた。
多分そんなところだろう。
こっちも俺だけじゃなかったのは想定外だったが、なんで天ヶ瀬が? 意味不明だ。
まあ、そもそも何もかも意味不明な状況だし、今更驚くほどのことでもないか。
時刻を確認すると、そろそろ下校が始まる頃合いだ。
都合よく暇潰しになったな、これから漫画喫茶にでも行ってあと数時間を過ごすか。
夜には追い出されるだろうが、その後は適当にどうにかするさ。
とにかく今日一日を乗り越えたら道が開ける、はず。
薫には明日、改めて謝ろう。
話せばきっと分かってくれるはずだ。
だって俺達、長い付き合いだもんな。
今回はたまたま行き違っただけで、お前だって俺を殺すのは魔が差しただけ、きっとそうに違いない。
駅前の漫画喫茶に入って、狭い個室の中で横になる。
疲れた。
どうかもう殺されませんように。
薫が俺を殺しに来ませんように。
神様仏様、頼む。
あんな目に遭うのはもうこりごりだ、これからはなるべく真面目に生きるから、いい加減タイムリープを終わらせてくれ。
動画を観る気にも、漫画を読む気にもなれない。
この先は俺が殺された時間帯、何をしていても気が気じゃない。
不安で、怖くて、気付くとそのことで頭の中が一杯になっちまっている。
薫、どうして俺を殺す?
嘘吐きってどういう意味だ、お前と何を約束した?
もう死にたくない。
薫と話がしたい、行き違いがあるなら訂正して、俺が悪かったなら謝るから。
だから―――頼むから、死にたくないんだ。
悶々としている間に時間が過ぎて、夜になった。
俺は未成年だから、遅くまで飲食店に滞在できない。
漫画喫茶を追い出され、やむなく夜の街を彷徨う。
携帯端末で時刻を確認しつつ、今日が終わるのを祈るような思いで待ち続けた。
日付を跨げばループは終わる。
それだけが今の俺にある希望だ、きっとそうだ、この現象は今日限定で起きているに違いない。
―――残り、あと三十分。
そろそろ自宅方面へ向かうか。
こんな遅い時間まで外を出歩いたのって初めてだ、普段なら今頃は晩飯も済んで部屋で寛いでいる。
もしかすると薫が飯を作りに来てくれたかもしれない。
ああ、腹減ったな。
藤峰家の味が恋しい、こうして街中を彷徨っている今は、侘しくて、不安で、どこにも身の置き場所がない。
帰ろう。
もうすぐ日付が変わる。
やっと今日が終わるんだ、俺はループを抜ける。




