困惑と幼馴染 1
LOOP:3
Round/Confusion
―――目が覚めた。
汗びっしょりだ。
起き上がって額に張り付いた前髪を手で押し上げると、そのままぐしゃっと握り締める。
夢。
また夢。
俺が薫に殺される、夢。
「ははッ、流石に焼死はキツいぜ」
洒落にならなかった。
死因は肺が焼けることによる窒息死、なんて話を聞くが、あれマジだったのか。
とにかく痛くて苦しくて。
それ以上に目の前で焼け爛れていく薫の姿を当分忘れられそうにない。
最悪だ。
気分だけならとっくに死んでいそうだ。
流石に三度目ともなると確信せざるを得ない。
俺はタイムリープをしている。
始まりは今、この時。
そして巻き戻るタイミングは、俺が薫に殺された時。
マジで冗談じゃねえぞ。
夢だなんだと考えていたのがバカらしい、もっとあり得ない状況だ。
こんなことが現実に起きてたまるか。
俺はもう三度も死んでいるんだ、しかも薫に殺されて、何でだよ!
どうすればいい?
どうすれば薫に殺されずに済む?
まさに悪夢以上の悪夢的状況。
このままだと多分、俺は今日もまた薫に殺されてしまう。
ふと何か聞こえたような気がした。
きっと来客を知らせるチャイムだ。
薫が俺を迎えに来たんだ、でも、今はとてもじゃないが会えない。
震える手で携帯端末を取りメッセージを送る。
母さんと藤峰のおばさんにも。
今日は学校を休む、たいしたことはないから心配いらない―――ああそうだ、加賀美さんの勘違いを使わせてもらおう。
ゲームのし過ぎで眠いから今日はサボる。
叱られるのは覚悟の上だ、こうしておけば余計な気遣いもされないだろう。
薫から、呆れて物も言えない、といった趣旨の返信が届いた。
母さんと藤峰のおばさんからも文章でみっしり叱られたけれど、これでいい。
取り敢えずシャワーを浴びよう。
風呂場で全身を隈なく確認したが、火傷の痕さえ残っていなかった。
前もそうだったよな。
刺されて死んで、目が覚めて、だけど体は無傷だった。
ははッ、今度はどんな方法で殺される?
また刺殺か? 焼殺だけは二度とごめんだ、あとは絞殺、撲殺、毒殺、どれも洒落にならねえよ。
情けないくらい体がブルブルと震えている。
怖い。
どうすれば死なずに済む?
何も分からない、殺される理由さえ見当もつかない。
しかも、薫に殺されるんだ。
どうして?
なんで薫が俺を殺す、一体なんでなんだよ!
シャワーを浴び終え、キッチンへ行き、冷蔵庫を漁る。
義務的に飯を食いつつ、ふと思いついた。
―――そうだ、今日一日薫に会わなければいい。
タイムリープの期間が今日に限定されるなら、会わずにやり過ごせば生き残れるんじゃないか?
それで明日以降に改めて薫と話し合って原因を突き止めよう。
なにせこれまで死んだ時はその余地さえなかったからな。
今回も会った途端に殺される可能性が高い。
他にいい案も浮かばないことだし、そうしよう。
薫は俺を『嘘吐き』と言う。
でも俺は薫に嘘なんて吐いた覚えはない。
それに約束ってなんだ?
思い当たる節はない。
それでも薫は俺を殺すし、場合によっては仲良くしている女の子たちまで殺してしまう。
結局のところ、全ての原因は俺自身にあるんだよな、多分。
ああクソ、情けない。
何やってるんだよ、しっかりしろ健太郎!
飯を食って食器を洗い、なるべく地味な格好に着替えた。
カバンに財布と携帯端末、鍵だけ突っ込んで家を出る。
今日も降水確率はゼロパーセント。
まさかガソリン被って現れるなんて思わねえよな、薫はそれだけ覚悟が決まってるってことか。
―――俺を殺す覚悟が。
なんでだ、キツ過ぎて泣けてくる。
どうしてそうなる前に話してくれなかった、俺が鈍かったことは謝るが、お前だっていきなり殺すのは流石にナシだろ。
取り敢えず学校方面は避けて、駅周辺で人通りの少ない場所をぶらつく。
夕方頃まで漫画喫茶やカラオケはダウト、補導される可能性が高い。
かと言ってカフェで時間を潰してもやっぱり補導員に見つかるだろう、学生の身分は何かと制約が多いよな。
同じ場所に長くいるだけで通報される可能性があるから、人目を避けつつ広範囲を延々と歩き続けるしかない。
流石に、疲れた。
大分経ったと思ったが、時刻はまだ昼、もう無理だ、どこかで休憩しよう。
今なら駅と住宅地の中間辺りにある公園、あそこがいい。
結構広いし平日は人も少ない。
小学生すらまだ下校時刻には早いから、いるのは多分年寄りくらいだ。
自販機でジュースを買い、ベンチに腰掛ける。
おあつらえ向きに年寄りどころか誰もいない、俺一人だ、助かった。
ジュースを一口飲んで、ぼんやりと空を眺めた。
呆れるほどよく晴れた青空がどこまでも広がっている。
これから夜までとなると更に長い、まあ夕方からは漫画喫茶なんかが利用できる。
それでもあまり遅くまではいられないから、いっそ電車で移動して、そこで終電まで粘るか。
「何でこんな事になっちまったんだろうな」
ため息交じりにぼやく。
直後、不意に背後から「やあ」と聞こえた。
「は?」
振り返ろうとすると同時に顔を覗き込まれてビクッとなる。
って、お前?
な、何でここにいる!
「天ヶ瀬ッ」
「感心しないね、サボりかい?」
同じクラスの天ヶ瀬 理央だ。
うちの学園の理事長の息子で、普段から何かといけ好かない奴。
「て言うか、お前もそうなんじゃねえの?」
クソ、咄嗟に取り乱しかけた。
今は薫以外の知り合いに会うのも鬼門だ、それがよりにもよって天ヶ瀬だなんて。
こいつの父親は学園の理事長職以外も手広くやっている事業家で、天ヶ瀬は天ヶ瀬財閥の御曹司って肩書だ。
加えて、学業優秀、運動神経抜群。
そこへ輪をかけてこのルックス、嫌みなくらい何もかもを持っているやつだから、当然の如くモテる。
学内にファンクラブまである始末だ、今年バレンタインに貰ったチョコの総量は二トンを超えたらしい。
まあ、流石にそれは嘘だろうが、天ヶ瀬ならもしかするとって思えるだけの箔がある。
けど身長は俺の方が上だぜ。
体格だって俺の方がいい、フフン。
確かに綺麗ではあるんだよな。
中性的と言うか、全体的に色素が薄くて白っぽいし、女子が『王子』なんて呼んで持てはやす気持ちも若干分からなくはない。
だが同性の友達はゼロだ。
少なくとも俺が把握している範囲ではいない、こいつも男相手は基本素っ気ないし、有象無象の野郎なんかには興味が湧かないんだろう。
それがなんで俺に話しかけてきた、そもそもどうしてここにいる?