殺意と幼馴染 2
「代表には上手く説明しておくわ、今日一日しっかりリフレッシュして、明日からはちゃんと学校へ行きなさいね?」
「は、はい」
「それじゃ、私はこれで」
「あの、来てくれて有難うございます」
「どういたしまして、ちょっとは元気になったかしら?」
「はい、なりました!」
「それは何より、じゃあね、健太郎君」
長い髪をなびかせて去っていく姿も素敵だ。
お尻の形もいい、腰なんかギュッと括れて、ああ、最高。
やっぱり大人の女性っていいよな、俺は可愛い子も好きだが、美人はもっと好きだ。
加賀美さんのおかげで大分気分がマシになった。
なんだか急に腹も減って来たし、よし、飯にするか!
家の中へ戻ってキッチンに直行する。
冷蔵庫の中を物色、適当な材料でとにかく腹が膨れたらいいだけの飯を作った。
美味くもマズくもない。
はあ、今朝はそっけなくしちまったが、薫の料理が恋しい。
俺は何をやっているんだろう。
今もきっと心配しているよな、ゴメンな、薫。
夢なんかに振り回されて、俺こそどうかしている。
明日会ったら謝ろう、それと、今日の埋め合わせもしよう。
薫ならそれできっと許してくれる。
飯を食い、片付けも済むとやることもなく、取り敢えずつけたテレビをボーッと眺めて過ごす。
―――あの夢。
脳裏に焼き付いて離れない、無残な光景と、二度と体験したくないような痛み、そして絶望感。
薫に呼び出されて教室へ行った。
そこは血の海で、仲のいい女の子たちが床に倒れ、動かなくなっていた。
多分死んでいたと思う。
そして夕日の差す窓辺に佇む薫の姿。
俺を『嘘吐き』と詰り、ナイフで刺した。
泣きながら。
夢ってたまに何かを暗示しているとか聞くが、あの夢の関しては違うと思いたい。
というかリアル過ぎる。
むしろ現実だったと思う方がしっくりくるほどだ。
でもそんなわけはない。
現に俺は生きている。
タイムリープなんて現実に起こるわけがないし、だったらあれは夢? それとも現実?
考えるほど分からなくなっていく。
そもそも、どうして薫が俺を殺す?
皆のことまで殺す理由は何だ?
仲が悪いわけじゃない、むしろ俺繋がりで交流があるくらいだ、動機の地点で何も思い浮かばない。
俺を嘘吐きと呼ぶことと、何か関係があるんだろうか。
って、夢の内容を真面目に考えても意味ないよな。
はあ、もう思い出したくもないってのに。
そろそろ解放してくれ。
このままだと薫とまともに会えなくなっちまう、そんなのは嫌だ。
あいつは俺にとってかけがえのない存在。
それを夢なんかが理由で怖いと思う今の状況こそ耐えられない。
薫、泣いてたよな。
状況からして俺が泣かせたんだろう。
なんでだよ。
俺だけは絶対に薫を泣かせたりしないって、ガキの頃から誓っているのに。
ああもう、やめだやめ。
しんみりするのは性分じゃない、これ以上くだらないことを考えるな。
明日は薫と一緒に登校するんだ。
そして今日のことを謝って、週末は二人で出掛けよう。
薫ならきっと許してくれる。
だって俺達は、昔からずっと一緒の幼馴染だもんな。
さて、気晴らしに外出したいところだが、こんな時間に外をうろついたら補導される恐れがある。
仕方ない、このまま家でダラダラしよう。
漫画でも読むか? それとも新しい配信をチェックして面白そうな映画でも観るか。
―――そうこうしているうち、気付けば寝ていたようだ。
ハッと目が覚めて時刻を確認する。
もう夕方、薫も帰ってくる頃だ。
寝ていて昼飯を食いっぱぐれた、腹減ったなあ、今から藤峰家に謝りに行くか。
おばさん、呆れるだろうな。
薫は確実に怒る、こうなったら謝り倒すしかない。
そして美味い飯を食わせてもらおう。
やっぱり藤峰家の味が一番だ、朝は適当に済ませたから、夕飯はまともなものが食べたい。
不意にチャイムが鳴った。
誰だ?
もしかして薫?
きっとそうに違いない、学校帰りに立ち寄ってくれたんだ。
若干まだ気まずいが、今更そんなことはどうでもいい。
立ち上がり玄関へ向かう。
「はーい」
ドアを開けると同時に妙な臭いがした。
何だこれ、ガソリン?
どこから臭ってるんだ。
「ケンちゃん」
玄関には案の定薫がいた。
姿を確認すると同時に心臓がバクバク鳴って、掌にも汗が滲む。
落ち着け、俺。
まだ夢と現実を混同しているのか、薫に限ってあり得ないだろう。
それにしても、薫はどうしてずぶ濡れなんだ?
「よかった、やっぱり元気そうだね」
「え?」
やっぱり?
「今朝は本当に心配したんだよ」
「あ、ああ、ごめん」
「どうしても気になったから、途中で引き返して様子を見に来たんだ、それで遅刻して叱られちゃった」
「え?」
薫は照れ臭そうに笑う。
引き返したって、ええと、なんだ?
さっきから妙に胸騒ぎがするんだが。
「あ、ところで薫、お前それどうした?」
「なに?」
「いや、ずぶ濡れじゃないか、雨も降ってないのに」
もしかしてさっきまで降っていたのか。
寝ていて雨音に気付かなかったのかもしれない。
でも、それにしては辺りに雨の降った痕跡が無いというか、そういえば今日の降水確率はゼロパーセントだったような。
「とにかく上がれよ、シャワー浴びろ、俺の服貸してやるから」
「ケンちゃんのじゃ大きいよ」
「この際仕方が無いだろ、そのままじゃ風邪ひいちまう」
「私の家は隣だよ? 帰って着替えてこいって言わないの?」
「あのなあ、俺はそんな薄情じゃねえぞ、いいから上がれ、服はお前がシャワー浴びてる間におばさんに頼んで持ってきてやる」
薫はきょとんとして、不意にクスクス笑い出す。
どこか嬉しそうな様子で「そっか」と頷いた。
「優しいね、ケンちゃん」
「当たり前だ、俺はいつだって優しいだろ」
「うん、そうだね、ケンちゃんはいつでも、誰にでも優しいよね」
薫?
「知ってるよ、だから皆が君を好きになる」
不意に抱きつかれる。
服越しの濡れた感触、強烈に漂うガソリンの臭い。
背筋がゾワゾワして妙な焦りを覚える。
これ、まさか。
薫から臭ってるのか?
なんで?
濡れているのってもしかして、いや、そんなわけが。
背後からカチン、カチンと音がした。
仄かに漂う焦げた臭い。
なん、だ?
「ケンちゃんの嘘吐き」
俺の胸に顔を埋めた薫が。
あ、あ、あ!
火、火だ!
燃えている、薫が火に包まれていく!
「うわあああああああッ!」
叫んで体を捩るが、腕が外れない!
俺も焼ける! 薫と一緒に焼けちまう、熱い!
ああッ、熱い、熱い、熱い!
焼けるッ、いだい、ぐるじいッ!
あ、あ! ああッ! あづいあづいあづい! あづいッ、あああああああッ!
「ああああああああああああああッ!」
ああ、あああああッ!
熱い!
あづッ、あああッ、ああああああッ!
いだいいいいッ!
ぐる、じ、あああああッ!
かお、かおる。
薫。
どうして俺を殺すんだ?
しかも、今度はお前まで一緒に。
いたい、あつい。
くるしい。
かおる。
どう、し、て―――
誰か。
たすけて、くれ。
今回の死因:焼死
まさかの無理心中、健太郎もさぞ驚いたことと思います。
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