殺意と幼馴染 1
LOOP:2
Round/Scary
「ッあぁ!?」
飛び起きた!
―――俺の、部屋?
枕元の携帯端末を掴んで時刻を確認する。
朝七時。
同じ?
また夢、いや、そもそもさっきのアレは夢なのか?
二度も同じ夢。
俺や皆が薫に殺される夢。
けど一度目も二度目もリアルで、本当に死んだと思った。
ナイフが刺さった衝撃、痛み、死ぬまでの感覚さえもはっきり思い出せる。
何なんだよ、何がどうなっている?
あれは正夢?
繰り返し二度も同じような夢を見たのか?
一体、どこからどこまで夢なんだ。
まさか今もまだ夢の続きなんてことないよな?
頭が、混乱する。
訳が分からない、俺はどうなっちまったんだ。
髪を掻きむしってベッドに倒れ込んだ。
俺は生きている、死んでない。
でもあの時確かに殺された。
一度目はめった刺し、二度目は脇腹を刺されて。
どっちも薫に殺された。
なんて夢だ。
でもあれって本当に夢なのか?
分からない、皆もまた殺されていた。
虹川、清野、愛原、霜月、杉本、朝稲、星野。
どうしてだ?
薫がやったのか? どうして。
「ううっ、うううううーッ」
分からない、分からない。
何も分からない。
意味不明だ、一体何が起きている。
今の俺は本当に生きているのか、死んだのか、それともまだ夢を見ているのか、頭がおかしくなりそうだ。
―――怖い。
また薫に殺されるのか?
嫌だ、もうあんな思いはしたくない。
たとえ夢でも何度も殺されてたまるか、マジで痛いし、マジでキツい。
落ち着け、俺。
今は現実。
そうだ、目は覚めた、あれは夢、夢に違いない。
でもまだ手が震えているし、不安で居たたまれない。
殺された皆の姿だってはっきり覚えている、泣き喚きたいような気分だ。
体に傷は、無い。
一度目もそうだったよな、夢だと思った、夢のはずなんだ。
何か聞こえた気がしてベッドを降りる。
ふらつきながら部屋を出た直後に凍り付いた。
来客を知らせるチャイム。
―――薫が迎えに来たんだ。
い、行かないと。
待たせてる、遅刻しちまう、早く行かなきゃ。
でも足が動かない。
心臓もバクバク鳴って、体中から汗が吹き出す。
怖い。
無理だ、薫に会えない。
息が苦しい、動けない、怖い、怖い、怖いッ!
こんなこと初めてだ。
薫は、いつも優しくて可愛い、俺の自慢の幼馴染。
俺が守ってやらなきゃならない大切な存在、かけがえのない、誰よりも俺を分かってくれる一番の理解者だ。
それなのにどうして。
なんで俺を殺す?
けどあれは夢だ、たかが夢、なのに薫に会えないなんて。
薫が怖いなんて、こんなのって、ちくしょう。
鳴りやまないチャイムにガタガタ震えていると、そのうち音が止んだ。
直後に部屋から着信音が聞こえてくる。
咄嗟にしゃがみ込んで両手で耳を塞いだ。
薫、ごめんッ!
必死に堪えている間に音は止んで、恐る恐る端末の画面を確認する。
メッセージがこんなに、どれも薫からの俺を気遣う内容ばかりだ。
不安にさせちまっている。
返信しないと、もしかしたら隣家に預けている鍵を使って家へ入ってくるかもしれない。
震える手でメッセージを返す。
すぐ既読がついて、爆速で返信まで表示された。
取り敢えず体調不良ってことにしておくか。
寝てれば治る、と。
―――それでも薫からは不安げだったが、暫くやり取りをしてどうにか納得してもらえた。
藤峰のおばさんと母さんにもメッセージを送らないと、こっちはこっちで学校から連絡がいく可能性がある。
ふう、やれやれ。
これでひとまず根回しは済んだか、ドッと疲れた。
寝汗も酷いし、シャワーを浴びよう。
それから改めて気持ちの整理をする、このままじゃ何も手につかない。
腹は、減っているが飯を食うような気分ですらない。
けど食わないとな、空腹は悪い考えを加速させるってのが俺の持論だ。
重い体を引きずるようにして風呂場へ行き、シャワーを浴びる。
学校はサボりになっちまったが仕方ない、こんな状態で登校なんてできるかよ。
汗を流したらさっぱりした。
ついでに気分も多少はマシになってきた。
服は着たが、髪は生乾きのままリビングへ行き、ソファにグダッと倒れ込む。
マジで何なんだ、あの夢。
しかも夢の中で同じような夢を見るなんてことあり得るのか?
正直、実際に二度殺されたような気さえしている。
いや? 本当は殺されたんじゃ?
死ぬとその日の朝に戻っているとか、ハハッ、ありえねーッ!
よくあるタイムリープものかよ、無い無い、そんなの現実に起こるわけないっての。
でも、夢の中で薫はどうして俺を嘘吐き呼ばわりするんだろう。
あいつに対して何か引け目があるわけでもなし、マジで思い当たる節がないんだけどな。
そもそも俺は薫に嘘なんて吐かない。
何かを約束した覚えもない。
意味不明だ。
大前提として、薫が俺を殺すってのがあり得ないんだ。
でも、また殺されそうで怖い。
俺はこんなに女々しい奴だったか? 夢にビビるなんてバカみたいだ。
だけど本当に痛くて、苦しくて、辛くて、あの感覚を思い出すだけでゾッとするどころの騒ぎじゃない。
はあ、疲れてんのかなあ。
本当にもう勘弁してくれ、あんな夢二度と見たくもない。
ボーッとしているとまたチャイムが鳴って、冗談でも比喩でもなくマジに飛びあがった。
震えながら玄関のモニターを確認する。
―――違う。
薫じゃない。
深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、玄関へ行ってドアを開いた。
「おはよう、健太郎君」
「加賀美さん!」
母さんの秘書、加賀美さんだ。
今日も目の眩むような美人! そしておっぱいも、デカい。
うう~ん、いい匂いがする。
さっきまでの憂鬱さも吹っ飛ぶほどのセクシーぶりに、うっかり色々元気になっちまいそうだぜ。
「あら、本当に顔色が悪いみたいね、大丈夫?」
「は、はい」
「代表に様子を見てきて欲しいって頼まれたの、病院まで送りましょうか?」
「いえ、大丈夫です、寝てれば治りますので」
「そう?」
「はい、有難うございます、すみません」
ある意味仮病なのに手間をかけさせちまった。
母さんにも後で謝っておこう。
「いいのよ、貴方はまだ高校生なんだから、余計な気を遣わないで」
加賀美さんはクスクス笑って、じっと俺を見詰める。
不意に白くて滑らかな手が俺の胸の辺りをそっと撫でた。
うおッ、な、なんだ?
「具合が悪いと言うより、むしろ元気が有り余ってるのかしら、昨日はもしかしてお楽しみ?」
「へ?」
「健太郎君、お父様の言いつけはちゃんと守っているわよね?」
「い、言いつけは、はい、勿論」
家に女を連れ込むなってヤツだよな。
ちゃんと守っている。
それ以前にまず連れ込む彼女がまだいない。
「そう、だったらゲームのし過ぎかしら?」
「ゲーム?」
「夜更かしはダメよ、育ち盛りなんだからちゃんと寝なさい、いいわね?」
「はい」
なにか勘違いをされているような。
けど加賀美さんに「いい子」って頭を撫でられて全部どうでもよくなった。
勘違いでもいい、今日から毎日早く寝ます。