約束と幼馴染 4
「なに、それ」
ぽつんと呟いた薫が、プッと噴き出した。
そのままクスクス笑って、俺に凭れ掛かってくる。
お、おお?
この流れでまた刺されたりしないよな?
「ケンちゃんは自意識過剰過ぎる」
「悪いか」
「ううん、いつものケンちゃんだ」
暫くそのまま俺の胸に顔を埋めて、ふと向けられた表情は柔らかな笑顔だ。
可愛い。
やっぱり笑ってる薫は天使みたいだな。
「有難う」
―――薫は、もう俺を殺さない。
唐突にそう理解した。
憑き物が落ちたような清々しい雰囲気を纏って、微笑む姿は童話の姫そのものだ。
「私ね、ずっと怖かったんだ」
薫は静かに語り始める。
ずっと胸にあったんだろう、俺が気付いてやれなかった想いを。
「いつか君が一人で遠くへ行っちゃうって、こんな私をケンちゃんだけがありのまま受け入れてくれた、ずっと守ってくれた、でも、そんな君がいなくなったら私は独りぼっちで、またあの頃に戻っちゃう、それが怖くて仕方なかった」
「そんなわけねえだろ」
「でも、君が私の王子になってくれたから、私はお姫様なんだって、そう思うと幾らでも勇気が湧いたんだ、君はね、いつだって私の支えでいてくれたんだよ」
「そうだったのか、忘れてごめんな」
「ううん、もういいよ、だってケンちゃんにとっては特別なことじゃなかったんでしょ?」
「薫」
「責めてるわけじゃないんだ、君は優しいから、私はずっと甘えていたんだよ、自分の不安まで君に押し付けようとした、だから、これじゃ私の方が姫失格だね」
自嘲する薫の額を指ではじく。
「痛ッ」と声を上げた薫の鼻先へズイッと顔を近付ける。
「アホ!」
「えっ」
「んなわけあるか、お前はこれまでも、これからも、最高で最強の姫に決まってる」
「ケンちゃん」
「なにせこの俺が! お前の王子なんだからな!」
薫は、自分を守るために必死だっただけだ。
そんなの誰だって同じだろ、俺だって思い余って誰かを殺すことがあるかもしれない。
だから、お前は何も覚えていないだろうが、俺は全部許す。
「もう」
苦笑する薫に片手を差し出す。
「改めて仲直りしようぜ、薫」
薫は俺の手を見て、俺を見て、おずおずと手を触れてくる。
その薫の手をギュッと握り返す。
繊細で華奢な手だ。
掌から薫の温もりを感じる。
「うん」
「よし!」
多分―――いや、きっとこれでループから抜け出せる。
薫に殺され続ける日々が遂に終わりを迎えたんだ。
「やっぱりケンちゃんは王子様だね」
「おう、格好いいだろ?」
「そういうこと言わなければもっと格好いいのに」
「なんだと」
笑い合って、薫の濡れた目の縁を指で拭ってやる。
ガキの頃もこうしたよな。
―――気付けば辺りはすっかり暗くなっていた。
「ねえ、帰ろっか」
「そうだな」
これまでも、これからも、それぞれの道を歩む日が来ても。
きっと俺達は変わらない。
あのループの日々や、今日のこと、今度は忘れないからな。
約束する、俺もずっと大切に想うよ。
あの時、アルバムを見て覚えた違和感の正体。
理央からも指摘された。
小学校のアルバムに映る薫は、男物の服を着て暗い表情を浮かべていた。
でも、中学の薫は女子の制服姿で花みたいに可愛く笑っていた。
薫の両親は薫が中学進学の際、学校に掛け合い、特例として女子の制服着用の許可を取り付けたんだ。
そして高校も性別で制服の縛りのないところを選んだ薫の意思を尊重した。
だからあの頃と、今と、薫の姿や表情が違うことを、けれどずっと傍にいた俺にはそれと認識することができなかった。
お陰で思い出せたんだ。
あの日の約束や、もしかすると薫はそれに囚われているのかもしれないと。
薫は自身を男として認識している。
だから周りに女として扱えなんて無茶を要求したことは一度もない。
実際、体育の授業は俺達と一緒に受けているし、トイレも男性教諭用を使っている。
まあトイレに関しては、他の男子生徒への配慮も兼ねているそうだが。
自分が世間一般と少し異なっていること、そのせいで周りを混乱させる可能性があることを自覚して、線引きを心掛けている薫が、大多数を占める概念に嵌め込まれて個性を潰されるなんておかしいよな。
少なくとも俺はそう思う。
でも薫自身はそういった社会の偏向に不満や不平を唱えたことはない。
―――やっぱりお前は格好いいよ。
だから俺は、いつだってお前が何よりの自慢なんだ。
公園を出て、街灯が照らす夜道を並んで歩く。
家路を辿る間ずっと他愛のない話をした。
昔の話も今なら笑って語り合える。
笑顔の薫は可愛い。
この先、お前が俺に王子の役割を求め続けるなら、俺はそれに応えよう。
だって兄弟みたいに育った幼馴染だもんな。
隣の家の玄関先まで薫を送り届けて、また明日、と笑顔で別れた。
自宅に入り、部屋に行ってバッグを置いて制服から着替えている最中、携帯端末が着信音を鳴らす。
「はい」
『健太郎』
端末の向こうから聞こえてきたのは、俺のもう一人の姫の声だ。
まあ俺より理央の方がよっぽど王子らしいが。
「よう、どうした?」
『それはこちらのセリフだ、まだ生きているようだが、決着はついたのか?』
気にしてくれたのか。
そうだな、お前も物語の結末が気になるよな。
ずっと俺の傍で、不安や恐怖に寄り添ってくれたんだもんな。
「そうだな、端的に表現するなら」
『なんだ?』
童話のよくある締めくくり。
馴染みのあるキャッチフレーズだ。
「めでたし、めでたし、だな」
ループは終わった。
確約された死が俺に訪れることはもうない。
だから―――明日からはまた当たり前に、先のことなんて何も分からない日々が始まっていくんだ。
今回の死因:なし
姫は王子の深い愛情を知り、遂に呪いは解けたのです。
めでたし、めでたし。
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