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約束と幼馴染 3

薫は両手で顔を覆う。

―――ごめんな。


ずっと昔。

俺達がまだ小さかった頃、薫は周囲から浮いていた。


俺も薫も男だ。

けれど薫は昔から本当に可愛くて、よく『女の子みたいね』なんて言われていた。

そのせいかは分からないが、女の子のようにレースやリボンが好きで、服もヒラヒラしたものを好んで着ていた。

見た目どおりだったから、薫のそういうところを俺は少しもおかしいと思わなかった。


でも、周りは違った。

特に歳の近い奴らは薫をからかった、バカにした、気持ち悪いと蔑んだ。

そのうち周りの大人や、薫の親でさえ、世間一般の常識をあいつに押し付けようとした。


奴らの無神経な言葉に薫はいつも虐げられ、苦しみ、泣いていた。

その様子を俺は、大切な幼馴染が壊されてしまいそうで見ていられなかった。

だからあの時、この場所で―――傷付いた薫に言ったんだ。


お前はお姫様だって。


薫は俺に違うと反論した。

自分は姫じゃない、なりたくてもなれないんだと。

だからガキの俺は足りない頭で必死に考えて、それなら俺が王子になってやると告げた。

―――物語の中では、それまで普通の女の子だった娘を、迎えに来た王子が姫に変える。

俺が王子になれば、その俺が姫と呼ぶ薫は間違いなく本物の姫だ。

そう、拙い言葉で必死に伝えると、薫はやっと笑顔を見せてくれた。

『迎えに来てくれたんだね、私の王子様』

幸せそうに微笑んだあの時の薫の想いを、俺に託されたものの重さを、けれど子供の俺は何も理解せず、単純に安堵してそして―――忘れてしまったんだ。


俺には、それは特別なことじゃなかったから。

いつもどおり薫を守っただけだったから。


けれど思えばあれから薫は強くなったような気がする。

周りに何を言われても一切相手にせず、自分の道を突き進んでいった。

そのうち今度は周りが薫に巻き込まれ始めて、認識を改めて行くのを見ているのは痛快だったな。

今では誰も薫を否定しない、薫の両親は学校と話し合って女子の制服着用の許可を取り付けた。

―――薫は、個性を実力で世の中に認めさせたんだ。


そんなお前にはとっくに王子なんて必要ない。

今ではあの約束は、薫を縛る枷でしかなくなってしまった。

俺にこだわらなくたって、俺が守ってやらなくても、お前なら一人で大丈夫じゃないか。


「どうして?」


だが―――

今、目の前にいる薫は、まるであの日のように肩を竦め、顔を両手で覆っている。


「ケンちゃんはもう、私を守ってくれないの?」

「何でそうなる」

「だって王子じゃいられないって、私をお姫様にしてくれたのに」


もしかすると薫は不安だったのかもしれない。

環境が変わって、俺達も変わっていってしまうことが。


「お前は今も姫だよ」

「でも、王子様のいないお姫様なんて」

「薫は王子如きに振り回される姫じゃないだろ」


やっと手を下ろした薫は、俺を責めるような目だ。

その目と向き合っていると胸が苦しい。


「俺はお前の王子だよ、お前がそう望むならこの先もそれでいい、でも俺達はずっと一緒にはいられない、高校を卒業したら、今度こそ別々の道を歩み始めることになる」

「嫌だよ、傍にいてよ」

「無理だ」

「私を独りぼっちにするの?」

「そんなわけあるか、俺は薄情者じゃねえぞ」

「言ってることが滅茶苦茶だよ、ケンちゃんの嘘吐き」


お前に嘘なんか吐かない。

手を伸ばして薫の両肩をぐっと握る。


「薫、俺はな、お前は凄い奴だと思っている、今のお前が周りに認められているのは、お前自身が頑張ったからだ」

「ッツ!」


薫は両目を大きく見開き固まった。

けれどそこから俯きがちに顔を背ける。


「そんなの、別に」

「いいや、王子なんてのたまっといて忘れちまった俺なんかを頼りにしなくても、お前は自分の力で道を切り開けた、マジで凄いと思うよ、立派だ、尊敬する、だからもうお前に王子は必要じゃない」

「必要だよ! ケンちゃんが王子様じゃなくなったら私ッ」

「だったら王子でいるって言ってんだろ、けどな、薫?」

「なに、ケンちゃん」

「それなら、お前の王子を信じろよ、俺はお前を独りにしない、裏切らない、それは俺達が爺さんになって死ぬまで絶対だ、死んだって俺とお前の関係は変わらないだろ?」


ハッと俺を見上げた薫の目から、また涙がポロポロ零れて落ちた。

―――今更気付いたんだが、薫は泣き顔も可愛いんだな。

苦手でまともに見ていなかったから知らなかった、潤んだ大きな瞳は宝石みたいに輝いている。

やっぱり、お前は本物だよ。

本物のお姫様だ。


「ケンちゃん」


ハンカチなんて気の利いたものを持っているはずもなく、やむを得ず手で薫の涙を拭う。

薫はしゃくり上げながら俺を見詰める。


「それじゃ、これからも君は私の王子様でいてくれるの?」

「おう」

「他に好きな子ができても?」

「まあな」

「でも、そしたらその子が一番になるでしょ? 私のことなんてどうでもよくなっちゃわない?」

「バカか、俺がそんな器の小さい男なわけないだろ」

「でも」

「両方大事にするくらいの甲斐性がなくて何が王子だ」


薫はポカンとして、少し険しい表情を浮かべる。


「理想論だよ、ケンちゃんは口ばっかり」

「なら、そうなった時に俺を責めろ、幾らでも受け付けてやる」

「その子もきっと嫌がるよ」

「俺はお前を受け入れない奴を好きになったりしない」

「嘘だよ、そんなの嘘」

「認めないのは勝手だがな、ゴチャゴチャ言って予防線張ってんじゃねえよ、お前は俺の姫だろ、だったらもっと堂々としていやがれ!」


今度こそ唖然として固まった薫に、流石に言い過ぎたかと内心焦る。

まあ俺自身そんな大した奴じゃないなんてこと分かってる。

でもハッタリだって自分を奮い立たせなきゃならない時が誰でもあるだろ?

呆れても、バカにされてもいい、笑われたって構わない。


お前が悩んで苦しんで、俺を殺すくらいなら。

薫の、あの辛そうな姿を見るより、よっぽどマシだ。

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