約束と幼馴染 2
昼休みが終わり、教室へ戻る。
午後の授業中はずっと上の空だった。
ループを終わらせるために、俺がしなければならないこと。
まず、薫に謝ろう。
約束は嘘じゃない、けれど、お前が望む形のままではいられない。
だけど俺の気持ちは、どうか分かって欲しい。
俺は今でもお前が一番大切だから。
放課後になって、いつものように薫を誘った。
一緒に辿る帰り道。
だけどこれから向かうのは家じゃない―――俺がお前に約束した、あの大きな木のある公園だ。
「ケンちゃん、どこに行くの?」
最初は不思議そうにしていた薫も、途中で気付いたらしい。
道の向こうにあの木が見えてくると「懐かしいね」と呟いた。
横顔が若干緊張して見える。
それとも、俺の心境を薫に投影しているんだろうか。
「ここに来るの、いつぶりかな」
公園内は思ってたより人が少ない。
取り敢えず薫を近くのベンチに座るよう促して、公園の脇にある自販機へジュースを買いに行く。
「ねえ、どうしたの、急に?」
戻ってジュースを一本手渡すと、俺も薫の隣に座る。
「今日はケンちゃん、ずっと静かだよね、何かあった?」
「まあ、あったと言えばあったかな」
何度も、何度も、繰り返し。
お前に殺された。
もうループの回数なんて忘れちまった、殺され方も色々だったよな。
でも死ぬ時の痛み、苦しみ、それ以上にお前に対するやるせない思いは、どの時もはっきり思い出せる。
「何があったの?」
心配そうに気遣ってくれる薫に笑い返して、ジュースを飲む。
―――本当に懐かしい。
薫をここへ連れてきたのは、俺達がよく遊んでいた場所から遠かったからだ。
意地の悪い奴らも流石にここまでは追いかけてこなかった。
だから俺は、いつもあの大きな木の下で、泣いている薫を慰めたんだ。
「なあ、薫」
「何?」
「今、幸せか?」
薫はじっと俺を見て、不意に視線を落とす。
「どうだろう」
それきり黙り込む薫と俺の間を風が通り過ぎていく。
あの大きな木の枝葉がザワザワと音を立てて揺れる。
気付けば辺りに人影は無くなって、俺達二人きりの公園に西日が射しこむ。
「薫」
「なあに、ケンちゃん」
残りのジュースを一気に飲んで、空になった容器をベンチの傍のゴミ箱へ放り込んだ。
立ち上がって歩き出すと、薫もついてくる。
「この場所さ、憶えてるよな?」
大きな木の根元まで行き、振り返る。
薫も足を止めて俺を見上げた。
「覚えてるよ」
「そうか」
「ケンちゃん、いつもここに連れてきてくれたよね」
「ああ」
「分かってもらえなくて、辛くて、泣いてばかりいた私を慰めてくれた」
「そうだな」
薫は薫なのにな。
世の中には色々な奴がいる、でも、自分の価値観から外れている奴を人は容赦なく叩くんだ。
特に迷惑を被っていなくても、それが世間の概念と『違う』ってだけで。
「でも、どうしてそんな話をするの?」
薫は戸惑っている。
―――今から俺は、ある意味で残酷な言葉をこいつに告げる。
「お前に、謝らなくちゃならないんだ」
ハッとなった薫はわずかに後退りした。
そして「聞きたくない」と両手で耳を塞ぐ。
「なあ、薫」
「嫌だよ、どうして?」
「俺はお前との約束を、お前が思う形では守れそうにないから」
「そんな、だってケンちゃんは、私に嘘なんて吐かないよ」
「ああ」
「だったらどうして」
「分からないか?」
「分からないよ! だって、だって約束してくれたのに!」
薫の両目から涙が溢れて零れ落ちる。
「ケンちゃんが傍にいてくれたから、君だけが私を受け入れてくれたから、だから」
「違う」
「違わないよ!」
「努力したのはお前自身だろ、俺は見ていただけだ」
「でも私を守ってくれた!」
ああ、守っていたさ。
だけど薫、お前は俺が思うよりずっと強かったじゃないか。
世間の評価を実力で捻じ曲げて黙らせた。
そんなお前だから、強い意志と覚悟が暴走してよくない形で現れたんだ。
だからお前は俺を殺す。
皆や、理央だって殺した。
「薫」
「やめて、言わないで、お願い」
本当は分かっているんだな。
だったら尚更、お前を解き放ってやらないと。
「俺は、もうお前の」
「やめて!」
「―――王子様じゃいられない」




