噓と幼馴染 3
適当に炒め物でも作るか。
具材の下拵えに取り掛かったところで、リビングのソファに放っておいた携帯端末が鳴った。
誰だ?
手を洗ってから端末を取りに向かい、画面に表示された着信元を見て慌てて画面の通話ボタンを押す。
「理央!」
『やあ、健太郎』
「どうした?」
何かあったのか?
緊張する俺に『今、大丈夫か?』と理央は確認する。
「平気だ、それで?」
『君から預かったアルバムに関して、気になった点を伝えようと思ってね、連絡させてもらった』
「おお、そうか、早いな」
『僕も足掻くと言っただろう』
理央。
本当に頼もしい、有難う。
『それで、可能であればアルバムを見ながら説明したいんだが、これから会えるだろうか?』
「分かった」
とはいえ、俺の家には呼べない。
少なくとも今は無理だ、あの時の二の舞になる可能性がある。
「理央、俺の家から少し離れた場所にデカい木のある公園があるんだ、そこで待ち合わせないか?」
間を置いて、理央は『了解した』と答える。
まだ軽くトラウマだ、理央だってループが終わらない限りはここへ来たくないだろう。
理央はこれから家の車で公園に向かうらしい。
俺は自転車で行こう。
作りかけの材料をササッと片付け、エプロンを外し、一応着替える。
持っていくのは財布と携帯、鍵だけでいいか。
薫が晩飯を作りに来るまでに戻れそうもないな、後で連絡を入れよう。
まあ、家の鍵を預けてあるから、勝手に上がってくれても構わない。
外はすっかり陽が暮れている。
自転車は車庫だ。
「ケンちゃん」
庭から車庫へ向かう途中、呼びかけられてハッと振り返った。
「どこに行くの?」
薫、もう来たのか。
家の門の向こうからじっと俺を見ている。
言い訳の内容を考えてなかった、なんて説明しよう。
「あ、ええと、呼び出されてさ」
「誰に?」
仕方なく進路を薫の方へ変えて、向かいながら適当に男友達の名前を口にする。
「なんか相談したいらしい、俺もよく分かんねえんだけど、明日じゃダメだって」
「相談?」
「多分彼女のことじゃないか、ほら、あいつ最近付き合い始めたから」
「知らない」
「そっか、うんまあ、そうなんだよ」
奴に彼女ができたこと自体は嘘じゃない。
誤魔化して話しながら手汗が酷い。
薫は見抜くだろうか?
でも本当のことを言えばきっと詳しく訊かれる。
そこで下手を打って、また理央に被害が及ぶことだけは絶対に避けたい。
「嘘吐き」
その一言を聞くと同時に体がビクリと震えた。
薫は悲しげに表情を歪める。
「やっぱり嘘なんだ」
しまった、咄嗟に狼狽えたせいで。
慌てて「違うんだ!」と薫に駆け寄る。
「そ、その、本当にやましいことなんて何もッ」
「それくらい分かるよ、ケンちゃんのことなら何だって」
「薫」
「でも、それならどうして嘘を吐くの?」
それは。
「酷いよ」
暗がりに掠れた声が響く。
「そうやって君は、一人でどんどん遠くへ行っちゃうんだ」
「え?」
「私を置き去りにして、約束だって忘れて」
何のことだ。
俺はお前を置いてどこにも行かないぞ。
「嘘吐き」
不意に薫が向けてくる手に握られたナイフの刃がギラリと光る。
―――ここでタイムリミットなのか。
「私には君しかいないのに」
「待て、薫」
「ズルいよ」
「話を聞け」
「嘘吐き」
「だったら教えてくれ、約束ってなんだ? 俺はお前と何を約束したんだ!」
「それは」と言いかけて、薫は感情が込み上げたように目から涙をポロポロこぼす。
「君がくれた魔法だよ」
「魔法?」
「でもいいんだ、ケンちゃんと私はずっと一緒、だって約束してくれたから」
言いながらナイフを振り上げ襲い掛かってくる!
まだ死ねるか!
最悪殺されても、今度こそ約束の内容を聞きだしてやる!
「くッ!」
初撃を避けた直後、その勢いのまま薫は自分の腕を切り裂く!
「か、薫ッ!?」
何やってんだ!
咄嗟に腕を伸ばした俺の腹に、ナイフがぶっすり突き刺さった。
うッ、うぐッ! なんでッ!
「ぐううッ」
腹とナイフを押さえながら二、三歩後退り、急に力が抜けて座り込む。
「薫ッ」
「ごめんねケンちゃん」
「け、怪我ッ、お前、なんでッ」
薫は辛そうにしゃがんで、俺の腹からナイフを引き抜く。
ぐうッ、う、う、血が、どんどん出る。
けど薫の腕も血塗れだ。
バカ、何やってる、どうして自分を。
「だけど、これでずっと一緒だよ」
「な、なに、するつもりだ、やめッ」
「ケンちゃんは私に嘘なんて吐かないよね?」
「かおるぅッ」
「だから、こうするの」
狭まる視野と胡乱な意識の中で、鈍い音を聞いた。
薫が―――自分の喉にナイフを突き立てている。
ああ、あああっ、あああああっ!
うそだろ?
どうして、なんでだ薫、なんで!
視界が真っ赤に染まって―――唐突に記憶が蘇った。
そうだ。
あの頃、薫はいつも泣いていた。
だから俺は、あの大きな木のある公園まで連れていって慰めたんだ。
約束をした。
公園を、今と同じくらい真っ赤な夕日が染め上げていた。
崩れ落ちる薫を必死に抱きとめる。
お前まで死ぬなんて。
焼死した時、あの火事の時もやっぱり死んだのか?
いや、それ以外だって、俺を殺して、お前はいつも。
ごめん。
全部俺のせいだ。
約束を忘れたから、薄情な奴だ、嘘吐きなんて詰られて当然の。
次。
次こそ、絶対に。
誰も、俺も死なずに、このループを終わらせる。
待っていてくれ薫。
理央も、見守ってくれ。
―――必ず約束を果たす。
俺は、王子だか、ら。
今回の死因:刺殺
薫はどうして健太郎を殺すのか。その目的、理由は?
全てが次回判明―――するかもしれません。
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