嘘と幼馴染 1
LOOP:11
Round/Misunderstanding
「薫」
ベッドの上で呟く。
―――あの時、思い出しかけた、いつかの記憶。
薫はいつも泣いていた。
だから俺はあの場所へ連れていって、そして、薫に何か言ったように思う。
それが『約束』なのか?
俺はあいつに何て言ったんだ。
まるで覚えていない。
特別なことなんて何もなかったような気がするが、薫は違ったんだろうか。
もう一度あの公園へ薫を連れていくべきか。
―――いや。
起きて、支度していると今朝も薫が迎えに来る。
家に上がらせてからふと思い出した。
そうだ、アルバム。
部屋に行ってバッグに詰め込む。
今日、理央に渡そう。
俺が感じた違和感の正体を突き止めてもらうために。
やっと約束を思い出せそうな手ごたえを感じている、このモヤモヤした何かの正体を突き止めるんだ。
そうすればループから抜け出せるかもしれない。
薫が作ってくれた飯を食って、一緒に登校する。
相変わらずの朝だ。
隣を歩く、かけがえのない幼馴染。
お前のあんな姿をもう見たくはないし、俺を殺させたくもない。
死に逝く俺に縋りつき泣いて叫んでいた、きっとあれがお前の本心だと思うから。
殺したくて殺すわけじゃないんだ。
そう確信した。
薫はどうにもならなくて、やりきれない思いを俺にぶつけているだけだ。
俺も、普通はもっと腹を立てたりだとか、薫が怖くなったりするんだろう。
実際最初はそんな感じだったよな。
だがもう薫にそういった感情は湧いてこない。
俺はこいつをずっと守ってきた。
だから―――ただ悲しいと感じる。
俺を殺さなきゃ立ちいかなくなっている薫は可哀想だ。
午前の授業が終わってすぐ屋上へ向かうと、当たり前のように途中で理央が合流する。
屋上の、使われていない給水塔から更に奥へ、床に巡らせたパイプを幾つか乗り越えたその先。
少しだけ開けた俺達だけの秘密の場所。
壁沿いに腰を下ろすと、隣に座った理央はいそいそと弁当を広げ始める。
本当に可愛い奴だな。
繰り返す時間と死の中で、お前が唯一の救いだよ。有難う、理央。
「また死んでしまったな、その、大丈夫か?」
「おう」
「君はつくづくタフだね、感心するよ」
「ははッ、格好いいだろ?」
「ああ」
「えッ」
「けれど、程々にバカだとも思っている」
「おい」
何でだよ。
どの辺りがバカだ、懲りずに死にまくってるからか?
こういうところが理央は小悪魔的だよな、少しいじわるなんだ、そこもまた可愛いんだが。
「それで?」
「また殺されちまったが、今回はちょっと凄いぞ」
「何がだい? 具体的に」
「約束を思い出せそうなんだ」
理央は大きく目を見開き「本当か」と詰め寄ってくる。
ち、近い。
改めて美人だ、好みの顔過ぎる。
「大収穫じゃないか健太郎! それで? どの程度思い出せたんだ?」
「まだ手ごたえ程度だよ、それでさ、お前に頼みがある」
「何でも言ってくれ、僕に出来ることなら可能な限り手を貸そう」
「サンキュ、今日はアルバムを持ってきたんだ」
「ああ、そのことか」
バッグから取り出した二冊のアルバムを理央に見せる。
「これだ、小、中の卒業アルバム」
「ふむ」
「改めて見返したんだが、違和感どころか何も感じなくなっちまった、あの時の引っ掛かりが何だったのかマジでさっぱりだ」
「拝見してもいいかい?」
「どうぞ」
理央は俺から受け取ったアルバムをめくり始める。
その手が不意に止まった。
「これ、君だな」
「ん? ああ」
小学生の俺だ。
我ながらガキらしい顔をしている。
「この頃はあどけなくて可愛いな」
「今も可愛いだろ」
「今の君はふてぶてしいよ」
「何だと」
ふん、まあ成長した俺は可愛いと言うよりイケメンだからな。
我ながらこの頃より大人びて、男ぶりにますます磨きがかかったと思う。
理央は続けてページをパラパラとめくり、アルバムをパタンと閉じた。
そして俺に「では、預からせてもらおう」と告げる。
中学のアルバムも一緒に確認を頼む。
「ところで今回だが、これまでとタイミングが異なったようだね」
「週末に殺されたからな、一週間後のデッドラインより早かった」
「こうなると前提そのものを見直す必要があるな、条件さえそろえば藤峰君はいつでも行動に移すのだろう」
「やっぱりそうなるか」
「ループそのものが状況を変化させている可能性もある」
「それは確かに」
だとすれば、今後はより慎重に行動すべきだろうか?
いや、悠長なことを言っていられる時期はとっくに過ぎた、俺もこれ以上殺されたくない。
―――あの後、薫はどうしたんだろう。
刺しておいて「死なないで」なんて泣かれると思わなかった。
俺を殺すのは故意だが、薫の殺意は本物じゃない。
魔が差したとか、今更だがそんな気がする。
「もう君を死なせたくはないな」
理央がぽつんと呟く。
「また辛い思いをしたのだろう?」
「まあな」
「健太郎」
俺を見詰める瞳の奥が揺れている。
「僕も、君のために更に足掻こう」
「理央」
「傍にいるからな、この先もずっと」
そう言って俺の手を取りギュッと握る。
この先?
ずっとって、つまりループが終わった後も、ってことか?
理央の手の温もりが伝わってくる。
―――理央。
お前が俺を想って、こうして寄り添ってくれるだけで、いつでも泣けるほど嬉しいんだ。
「サンキュ」
強気なフリでニッと笑い返す。
「今度こそケリをつけるぜ、なんたって全部片付いたらデートだからな!」
「ああ」
優しく微笑む姿が綺麗だ。
まるでそこに花が咲いたように、目も心も奪われる。
その、もしかしてだけど、多少は脈アリだったりするんだろうか?
い、いやいや!
勘違いするな健太郎、迂闊に自惚れるんじゃない、慎重にいけ。
つまらないやらかしで距離を取られたくないからな、じっくり攻略するんだ。
うん、よし。
今はこの胸のときめきだけ噛みしめよう。
それにしてもデート、はあ、楽しみだな。
「アルバムは早急に確認させてもらう、気付いたことがあればすぐ連絡するよ」
「頼む」
「任された」
「俺はいい加減約束の中身を思い出すよ、このポンコツな頭の中を浚っておく」
「フフ、頑張ってくれたまえ」
軽く拳を握って顔の辺りに掲げると、理央は少し考えてから、同じように握った拳を俺の拳にコツンと当てる。
なんか、こういうのっていいよな。
俺達だけの絆だ。




