追憶と幼馴染 4
「でも、ケンちゃんはいいパパになりそう」
パパ? パパねえ。
薫の言葉を反芻する脳内に、理央の姿が浮かぶ。
うっ! いやでも、あいつは男だし。
物理的に無理だ、それ以前に俺達の間には法の壁が立ちはだかっている。
婚姻の地点で今の日本じゃどうにもならない。
「昔からね、憧れなんだ」
「何が?」
「君がだよ、ケンちゃん」
振り返った薫は、じっと俺を見詰める。
「逞しくて、頼もしくて、いつも前向きで格好いい」
「おいおい薫、それは流石に褒め過ぎだろ」
悪い気はしないけどな。
薫はクスクス笑う。
「昔から君は強いよね、私はいつも守られてばっかり」
「そんなの気にするなって、俺達幼馴染だろ」
「うん」
それに薫だって強いじゃないか。
逆境を実力で跳ね除けて黙らせた、俺には到底真似できない。
ただ傍で見ていただけだ。
でも―――それでも俺は何かを見落としていて、そのせいで薫に殺される。
今もお前の本音を見極められない。
だから嘘吐きなんて詰られるんだ、約束を忘れちまったから。
どうして思い出せないんだろう。
「ねえ、ケンちゃん」
子供たちはそれぞれ親に連れられ帰っていった。
さっきまであんなに賑やかだったのに、今の公園は何だかガランとしている。
ふと風が通り過ぎた。
もうすぐ日暮れだな、景色も少しずつ翳り始めた。
「今日、楽しかったね」
「ああ」
満足したなら何よりだ。
しかしまだ俺は目的を果たせていない。
改めて、ここからどうやって話を切り出そうか。
不意に薫はベンチから立ち上がって歩き出した。
俺も後をついていく。
向かう先に、この公園のシンボルでもある大きな木が聳え立つ。
樹木に詳しくないからよく分からないが、聞いた話だと樫か椎らしい。
常緑樹の幹も枝も太い立派な木だ。
昔、この木のかなり上の方まで登って降りられなくなったことがある。
根元で泣きじゃくる薫を見て周りも気付き、最終的にはレスキューまで出動する大騒動に発展した。
俺は怖くても不安でも、親に叱られた時もずっと我慢していたけれど、目を腫らした薫に抱きつかれ心配されて泣いたんだ。
情けなかった―――だって俺は、いつも薫を守る立場だったから。
俺に背を向けたまま足を止めた薫の、長い髪が風に揺れる。
「ねえ、ケンちゃん」
「なんだ?」
「今日って、私とお別れするために誘ってくれたんでしょう?」
振り返った薫の手には何かが握られている。
―――ナイフだ。
「ケンちゃん」
ああ、またか。
タイムリミットだ、間に合わなかった。
しかし今回は早いな、初日と一週間後のデッドラインは絶対じゃないのか。
他に何か条件があるのかもしれない。
理央に話して共有しないと。
「ここに来ても、やっぱり思い出さないんだね」
「えっ」
「もういいよ」
「薫」
薫の目に浮かんだ涙が溢れて落ちる。
「嘘吐き」
「違う、俺はお前に嘘なんか吐かない」
「約束してくれたのに」
「だから約束ってなんだよ、教えてくれ薫、頼む!」
「どうしてそんなこと言うの?」
「分からないんだ!」
「君の方が分からないよ、ケンちゃん、私もう何も分からないッ」
そう言って泣く薫の姿が―――瞬間、何かの記憶と重なった。
なんだ?
いや、待て。
覚えがある、この場所、この光景、いつか見た。
―――いつだ?
思い出せそうで出てこない、クソ、思い出せ! 今しかないんだぞ!
覚えがあるんだ、これは明確なヒントだ。
薫はあの時も泣いていた。
俺は泣き止んで欲しくて、いや、違う、そうじゃない。
あの時。
俺は、薫に―――
「ッぐ! うぅッ」
記憶を手繰るのに夢中で反応できなかった。
飛び込んできた薫の持つナイフが胸に深々と突き刺さる。
今度、こそ、時間切れ、だ。
間に合わなかっ、た。
「ケンちゃん」
「か、おる」
「嘘吐き」
ループを。
終わらせるんだ、次こそ。
「ごめん」
震える手で髪を撫でると、薫は目を大きく見開く。
「ごめんな、薫」
「ケン、ちゃ」
「俺が、悪かった」
「そんな、嘘、どうして」
「嘘なんか吐かないって、俺、おまえのこと、だいじだから、ほんとうに」
「ケンちゃん」
「だから、ごめん」
「ケンちゃん!」
叫んで薫は真っ青な顔で縋りついてくる。
もう、足に力が入らない。
目の前が暗い、痛い、ああ、薫。
「いやぁッ! ケンちゃんッ、ケンちゃんッ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「かお、る」
「死なないで、ダメッ、ダメぇッ!」
は、ははッ、刺しといてそれは無いだろ。
意識が遠のく。
理央にもまた心配掛けちまう、上手くいかないもんだな。
だけど次は。
次こそは。
待ってろ、薫。
「ケンちゃん!」
もう少しだけ、あと少し、付き合ってくれ、理央。
―――泣くなよ、薫。
昔からさ、俺、お前の泣き顔が一番苦手、なん、だ。
今回の死因:刺殺
最後の最後で健太郎が約束を思い出したのだと薫は勘違いしています。
絶望の結末。
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