追憶と幼馴染 1
LOOP:10
Round/Homie
朝だ。
これで何度目の繰り返しだろう、とっくに把握は諦めた。
最初は単なる悪夢だと思ったんだよな。
でも、悪夢と同じことが起きて、三度目のループでおかしいと確信した。
それから俺は薫に何度も、何度も殺され続けている。
薫との約束。
そして何故か俺と一緒にループを繰り返している理央。
そもそも何故ループするのか、俺が死ぬからなのか、俺が死ななければループは起こらないのか、原因も理由も理屈も不明の異常なこの状況。
前回は文字通り殺される覚悟で挑んだが、結局薫から約束に関わる具体的な話は何も聞き出せなかった。
アイツ、よく刺すよな。
まあ刃物の類は扱いが手軽だ、体重をかけてブッスリいかれたら最早どうにもならない。
それでもめった刺しは勘弁して欲しい、痛いのもあるがメンタル的にもかなりキツいんだよな、あれ。
皆も無駄に死なせちまったし、いくら記憶が無いからって俺自身の罪悪感は拭えない。
本当にすまないことをした、あれだけは二度と止めよう。
皆の死んだ姿だって見たくはないんだ。
今朝も薫が迎えに来て、家に上げる。
作ってくれた朝飯を食いながら「週末デートしないか?」と誘ってみた。
まあ、俺と薫じゃデートにならないだろうが、今回はじっくり話し合う機会を持ちたい。
「えっ、どうしたの、急に」
「最近二人で出掛けてないだろ、久々にどうかなって思ったんだよ、ダメか?」
「う、ううん、でもデートなんて」
薫は戸惑い、けれど「いいよ」とニッコリ笑い返してくれる。
この薫が俺を殺すなんて、いまだに悪い冗談としか思えない。
何でだろうな?
薫は俺を殺す、皆を殺す、場合によっては理央だって殺す。
でもその理由が分からない。
約束ってなんだ? それで俺を殺すのはともかくとして、なんで皆や理央まで殺すんだ。
薫は何が許せないんだろう。
あんな凶行に走るほど思い詰めているのに、ずっと気付いてやれなかった。
その事実が本当に悔しい。情けない。
王子様、か。
前回新たに入手した、恐らく約束に繋がるだろうキーワード。
何か思い出せそうでモヤモヤと引っかかり続けている。
一体何の符号だ?
「ねえ、どこに連れていってくれるの?」
「それは当日のお楽しみ」
「ええ~っ、気になるなあ」
「リクエストがあるなら優先するぞ?」
「ううん、ケンちゃんと一緒ならどこでもいい」
「分かった」
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「おう」
かつてないほど上機嫌な薫と一緒に登校する。
毎度おなじみの変わりない朝だ。
皆と挨拶を交わして、他愛ない話をしているうちに担任が来てホームルームが始まる。
俺は、今度こそループを終わらせられるだろうか。
誰も死なずに薫と和解できるか。
何もかもが俺自身に掛かっている、いい加減どうにかしたい。
昼休みになり、教室を出てぶらぶらと屋上へ向かう。
その途中で不意に背中を軽く小突かれ、振り返ると理央だ。
俺に「さっさと歩け」なんて言いながら抜かして先に行く。
手にはデカい包みが―――ははッ、きっとまた重箱だな? ったく、本当に可愛い奴。
理央、好きだ。
お前だけが今も俺が正気を保っていられる唯一の縁だ。
すっかり馴染みになった俺達だけの場所。
屋上の奥の隅の方。
デカい包みはやっぱり重箱だった、理央と一緒につまみながら毎度お馴染みの作戦会議を始める。
「理央のおにぎり、美味いなあ」
「君、さっきからそればかりだね」
「だってマジで美味いし、俺これ大好き」
「はいはい、それで?」
何か成果はあったのかと訊かれる。
あったと言えばあったが、微妙なところだ。
「約束に関する具体的なことはさっぱりだ、聞き出す前に殺されたよ」
「そうか」
「でも新たに分かったことがある」
「なんだい?」
理央に言うのは若干憚られるな。
でも俺に後ろめたいところはないし、あらぬ誤解を受けないようにだけ注意して話そう。
「―――へぇ」
まず、俺が下半身のだらしない奴だと思われている噂について、慎重に伝える。
俺にも失礼だが皆にも失礼だ、皆もそういうことをしているって暗に見られているわけだからな。
断言する、そんなふしだらな子はいない。
性格はそれぞれだが全員清純そのものだぞ、接触なんて精々手を握ったことがあるくらいだ。
「なるほど、普段の素行が裏目に出たか」
「言い方! あのなあ、確かに皆可愛いけれど、だからって片っ端から手を出すほど俺は不純じゃない、皆だってそうだ」
「分かっているよ、彼女達はしっかりした貞操観念の持ち主だ、故に君に関する噂も必然的に嘘となる」
「俺の身持ちがしっかりしているから噂は嘘だとはならないのかよ」
「健太郎は分からないからね、よく発情しているようだし」
「ッな!」
り、理央に興奮しているのが、バレてた?
いやいや、多分違う、そうだ、違うに決まってる。
男に発情する変態だなんて思われたらお終いだ、まあ実際そうなんだが、理央だけだから!
お前が美人で可愛いからムラムラするだけだから! 完全に例外だから!
理央は白い目で俺を見て溜息を吐く。
うう、誤解だぁ。
「それで、他には?」
「おう」
気を取り直して話を続ける。
こっちはおぼろげな記憶だ。
「王子様」
「王子?」
不思議そうにする理央に頷き返す。
「思い出せそうで思い出せないんだ、でも王子様っていうのが何かしらのキーワードなんだよ」
「藤峰君が言ったのかい?」
「えーっとな、確か、俺は王子だから、いつか誰かの手を取るんだと」
「ふうん?」
「だよな、分からないよな? でも俺もさ、なんか昔に王子がどうのって言ったような気がするんだよ」
「君が?」
「そう」
約束を忘れた嘘吐きな俺、そして俺を王子だとか言う薫。
王子と約束?
うーん、何なんだ一体、この二つがどう結びつくのかさっぱり分からん。
「君が王子ねえ」
理央が値踏みするような目を向けてくる。
うう、ガラじゃないとか思ってるんだろう。俺も同感だよ。
「だとすれば、随分と武骨な王子だ」
「まあな、どっちかって言うと理央の方がよっぽど王子様だよな、実際ファンクラブの子達から王子様~なんてたまに呼ばれてるだろ?」
理央はフフっと笑っておもむろに俺の手を取る。
おっ、おおっ?
なんだ?
「健やかなる姫よ」
「は?」
「貴方は今日もはつらつと生気に溢れ、麗しい」
はっ、はひぇぇえぇぇぇ~ッ!
はわわっ、格好いい! ど、どうしよう、ドキドキしちゃうッ!
理央がキラキラ輝いて見えるぅン~ッ!
はわ、王子様だッ、お、お、おれッ、どうしよう、お姫様になっちゃうぅンッ! ひょえぇ~ッ!
「おや、愛らしいかんばせをそのように染められて、如何されたかな?」
「や、やめろぉ」
「可愛らしいね、姫」
「やめてくれぇ」
むず痒すぎて目をギュッと瞑ると、クスクス笑い声が聞こえる。
からかわれている。
でも、悪くない。
そうッと瞼を開いて理央を伺ったら、楽しそうに笑う姿に釘付けになった。
可愛いのはどっちだよ、クソ!
「おい、理央」
「ごめんごめん、君の反応が愉快でつい」
「あっそ」
「拗ねるなよ、健太郎姫」
「うるせえ、俺はそもそも姫じゃねえ」
はいはい、と頭を撫でてあやされる。
おのれ、理央め。
「とにかく、その辺りも加味して約束について考えてみるべきだろうね」
「おう」
「頑張ってくれ、僕も付き合うよ」
「ん」
それは本当に心強い。
すっかり巻き込んじまったが、今はもう理央がいない状況なんて考えられない。
覚悟は決めた、腹も括った。
俺達は一蓮托生の運命共同体だ。




