拒絶と幼馴染 3
「驚かないんだね」
どうして? と薫は首を傾げる。
その仕草があまりに普段通りで異様な気配に呑まれそうになる。
「どうしてだろうな」
答えながら床に倒れている姿を確認した。
虹川、清野、愛原。
霜月、杉本。
星野、朝稲。
誰一人ピクリとも動かない。
青ざめた虚ろな表情は絶望の色に染まっている。
「酷いことするな」
呟くと、間を置いて「誰のせい?」と返ってくる。
「俺か?」
「そうだよ」
だったら聞かせてもらおうか。
こんな事をする理由を。
「薫、なんで殺した」
「ケンちゃんが嘘吐きだから」
「俺はお前に嘘なんか吐いた覚えはない」
「そっか」と薫は笑う。
「やっぱり覚えてないんだね」
「何が」
「約束したんだよ?」
「ああ」
薫はわずかに目を見開く。
だが俺の表情を確認すると、瞳を胡乱に澱ませた。
俺は覚えていない。
約束が何なのかも分からない。
「どうして?」
「何が」
「だって、ズルい」
「具体的に話せよ」
「私だってここまでするつもりはなかった、でも」
周りを見渡し、薫は言う。
「ケンちゃんは、女の子なら誰にだって優しいでしょ?」
「まあな」
「女の子が好きなんだよね」
「ああ」
「そっか」
不意に理央の姿が頭をよぎる。
あいつだけは特別だ。
多分、性別とかとっくに超越して、俺は『天ヶ瀬 理央』に惚れているんだ。
「そうだよね、ケンちゃん、男の子だもんね」
薫は何が言いたいんだ。
内心首を傾げながら出方を伺う。
「この子達もね、ケンちゃんが好きなんだよ」
「知ってる」
「ねえ、誰かとキスとかした?」
「し、してねーよっ」
キスどころか、そもそも俺は童貞だ。
いずれ、とは思っているが―――その相手は、今はもう心に決めている。
「そう」
でも、と薫は続ける。
「噂、されてたんだよ」
「は?」
「この子達とケンちゃんが特別な関係だって、望は違うって言ってたけど、でも望もケンちゃんが好きだったから」
「分からないよね?」そう言って薫は笑う。
「いつか噂が本当になるかもしれない、だってケンちゃんは男の子で、女の子が好きで、ちょっとエッチだから」
「え、エッチなのは勘弁しろよ」
「ベッドのマットレスの下に何があるか、知ってるんだから」
「だからそれは言うなって!」
しかし噂か、初耳だ。
俺がこの子達とそういう関係だなんて、もしや僻みか? 全員屈指の美少女だもんな、妬みであらぬ噂を立てられた可能性は大いにある。
その噂を薫は真に受けたのか。
だけどどうして皆を殺す? 俺を殺すんだ?
「私もね、まだだよ」
薫はふっと窓の外へ目を向ける。
「だって約束したから」
それは―――俺と、か?
「でも、現実は物語みたいにいかないんだね」
「薫」
「君はいつか誰かの手を取る、だって、君は王子様だから」
王子。
ふと何かの記憶が蘇りそうな気配がした。
知っている単語だ、王子、そういえば俺は理央を死なせて王子失格だって。
あの時、何でそんなことを思った?
「そんなの嫌だよ」
薫の目に涙が溢れて零れ落ちる。
「約束したのに」
「薫」
「どうして覚えていないの?」
俺の方へ向き直り、持っている何かを構えた。
ナイフだ。
―――マズい、時間が無い。
「なあ薫、俺が悪かったから教えてくれ、約束ってなんだ?」
「嘘吐き」
「薫!」
「嘘、嘘、嘘! 君は嘘ばっかり! この子達と本当に何もしてないの?」
「してないって言ってるだろ!」
「でも皆、訊いたら赤くなってたよ? 言葉を濁して、誤魔化そうとしたよ?」
「そんなの知らねえよ、単純に恥ずかしかっただけだろ!」
「分からないよ! だってケンちゃんは女の子が好きなんだから!」
「薫!」
「本当のことも言ってくれない、約束だって忘れちゃった、ケンちゃんは嘘吐きだ!」
「違う、なあ薫教えてくれ、頼むよ!」
ナイフの刃が西日をギラッと反射した。
薫が駆け出す!
話を聞きだす前に死ねるか! 俺も構えて薫の動きを見極める!
「けん、たろう、くん」
えっ?
まだ誰か息があるのか?
気が逸れた直後、俺の脇腹にナイフが深々と突き刺さった。
「ぐあッ」
焼けつくような痛み。
ナイフを握る薫の腕を掴もうとすると、薫はナイフを引き抜いてまた俺を刺す。
何度も、何度も。
「あがッ、ガッ、ぐううッ!」
クソ、失敗した。
肝心なところで油断した、まだ、約束の内容ッ、聞き出せていない、のにッ。
「君は、私を選んでくれない」
「がはッ!」
「嘘吐き、ケンちゃんの嘘吐き」
すまん、理央。
だが次だ、次こそは、このループを終わらせてみせる。
お前との約束も必ず思い出すからな。
だから薫。
―――待ってい、ろ。
今回の死因:刺殺
実行したのは薫ですが、健太郎は元より死ぬつもりだったので、そういう意味では今回の死因も自殺です。
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