拒絶と幼馴染 2
「あのさ、理央」
改まって切り出そうとすると同時に空気の読めない俺の腹が鳴る。
うッ!
理央も目を丸くして、クスクスと笑い出した。
ま、マジかよ、最悪だ。
あまりにも格好悪すぎる、むしろ今ここで死にそう。
「あ、あの」
「昼休みは間もなく終わってしまうよ、今から購買へ急いでも食事の時間は殆ど取れないだろうね」
「うう」
「だから、これをおあがりよ」
理央から落ちていた包みを拾い渡される。
そういえば来た時に持っていたな。
中身は何だろう―――おにぎり?
「前回の君の軽挙妄動について膝を詰めて話そうと思ってね、片手間に食べられるものを用意しておいた」
「うぐッ」
「無駄にならずに済んでよかったよ、手間をかけた甲斐があったというものだ」
え?
まさか、また理央が作ってくれたのか?
座っていそいそと包みを開く。
今回は三角のおにぎりだ、美味そう。
「いただきます」
「召し上がれ」
一つ取って食う。
理央も手を伸ばしておにぎりを取る。
二人で黙々と食べながら、何となく目配せし合った。
美味しい。
でも、前より少し塩気が強いな。
「なあ理央」
「なんだい、健太郎」
「俺さ、今回は薫と話してみようと思うんだ」
言葉の意図を察したように理央の表情が強ばる。
「本気か?」
「ああ」
「また死ぬことになるぞ」
「分かってる」
「健太郎」
おにぎりの残りを平らげて飲み込む。
はあ、美味かった、腹いっぱいだ。
「それでも、いい加減踏み込まなきゃだろ?」
「だがッ」
「流石に慣れないけどさ、今回は自分で死ぬわけじゃないから怒らないでくれよ」
「同じようなものだ、何を考えている!」
「ごめんって、けどさ、調子のいいことを言うけど、また付き合ってくれるんだろ?」
理央は俺をギロッと睨む。
うっ、やっぱり美人の怒った顔は怖い。
「卑怯者」
「うん、ごめん」
不安にさせて、気を遣わせてすまない。
だけど分かって欲しい。
俯いてじっと黙り込んでいた理央は、小さく吐息を漏らして「分かった」と頷いた。
「行ってくるといい」
俺をまっすぐ見つめる眼差しが心強い。
そうやってお前はいつも俺に勇気をくれるんだ。
「では、次回も昼にここで落ち合おう」
「了解」
「また弁当を用意しておくよ、お腹を空かせておいで」
「っちょ! そ、それは有り難いけど、さっきのはもう忘れてくれよ!」
おかしそうに笑う理央の笑顔を目に焼き付ける。
―――大丈夫だ。
怖くないと言えばウソになるが、それでも俺は俺と理央のために立ち向かう。
死のループに。
次こそ全てに決着をつけるため、今回はその踏み台として俺の命を賭ける。
予鈴が鳴って、教室に戻るために立ち上がった。
理央も一緒に立つと、静かに俺を見上げる。
流石に抱きしめたら怒られるよな。
せめて笑ったら、理央も微笑み返してくれた。
「行こう」
「ああ」
理央を先に行かせて、少し遅れて俺も教室へ戻る。
開始時間ギリギリ、遅いと先生に教科書で頭を叩かれた。
皆に笑われながら席に着くと、薫が呆れた顔でこっちを見ている。
―――放課後、覚悟しておけよ。
お前の本音を必ず聞き出してやるからな。
午後の授業も終わって、放課後になった。
薫から連絡が来るまで待つ間、園芸部の温室で時間を潰すことにした。
最初は夢だと思っていたからノーカンとして、改めて謎だよな。
そもそもループしている原因が分からない。
毎回最後は俺が死んで最初の朝に戻るから、そこだけは共通しているが、他はいつも展開が違う。
こういうの、バタフライエフェクト、とか言うんだっけ?
些細なことがいずれ大きな変化に繋がっていくってヤツだ、日本でも『風が吹けば桶屋が儲かる』とか言うよな。
薫が俺を殺すのも、始まりは些細な切欠だったのかもしれない。
今もまるで思い出せない約束は、俺にとって他愛もないことだったんだ。
でも薫には特別だった。
それはもしかすると、以前のあいつを取り巻いていた環境に関わっているのかもしれない。
すっかり忘れていたんだけどな。
だって薫が頑張ったんだ、俺は傍で見ていただけ、あいつが傷つけられないよう守っていただけだ。
ふと気配がして振り返る―――理央?
温室に理央が入ってくる。
なんで? どうして来たんだ。
ポカンとしていると、傍に立って腕組みしながら俺を見上げる。
「なんだい、呆けて」
「いや、お前こそなんで」
「見送りに来た」
「えっ」
直後に持っていた携帯端末が着信音を鳴らす。
―――薫だ。
画面の通話をタップして、端末を耳元にあてる。
『ケンちゃん』
薫の声。
そうか、ということは、皆もう殺されたんだな。
巻き込んですまない。
今回限りで終わらせるから、どうか許してくれ。
『今、動けなくて、だから来て欲しいんだ』
「分かった」
淡々と話を済ませて通話を切る。
そのまま端末を理央に差し出すと、戸惑った様子で受け取って、また俺を見た。
「タイミングバッチリ、憶えてたのか?」
「まあね」
「流石だな、じゃ、行ってくる」
「健太郎」
「ん?」
「いや」と俺の端末を握り締め「頑張れよ」と理央は悲しそうな目をする。
「おう」
理央の肩をポンポンと叩いて歩き出した。
心配かけて悪いな。
でもお前が見送りに来てくれたおかげで気合が入った、有難う。
温室を出て校舎へ向かう。
行き先は初回と二度目と同じ教室、今頃中は血の海だろう。
それにしてもあの人数を一人で手に掛けるなんて、何をどうやったか見当もつかない。
薬でも使ったか、案外力業か。
なんにせよ本気の薫は手がつけられないってことだけは身に染みて理解している。
この先は油断禁物だ。
教室が近くなるにつれて、仄かに生臭さを感じた。
実際臭っているのか、あの惨状を知っているから臭いを感じるのか。
扉の前に辿り着く。
ゆっくり深呼吸して―――よし。
取っ手に手を掛けカラカラと引く。
薄暗い教室の、窓だけが夕日に染まって、同じくオレンジ色をしたカーテンが風を孕みフワリとひるがえった。
床を埋め尽くす赤黒い血の海。
そこに横たわって動かない皆の姿。
窓辺には薫が佇んでいる。
「ケンちゃん」
やっぱりこうなるのか。
お前が皆を殺したんだな、薫。




