夕暮れと幼馴染 3
校舎の正面出入口。
靴箱に靴を入れていると、背中をポンと叩かれる。
「健太郎、はよ!」
「おっ、清野か、おはよ」
同じクラスの清野だ。
仄かに漂う制汗剤の匂い、朝練後ってところか?
「おはよう、清野さん」
「おはよう」
「虹川さんと藤峰さんもおはよう、今朝は3人一緒なんだ?」
「途中で会ったんだよ」
「へえ」
「清野さんは朝練?」
「そ! 練習試合が近くてさ、気合入るよ!」
「そっか、いいね」
虹川も体を動かすのが好きだから、清野と気が合う。
二人の傍で薫も楽しそうだ。
「ねえ、健太郎も今度一緒に走り込みしようよ、朝から走ると気持ちいいよ!」
「そうだなあ」
「清野さん、ケンちゃんは朝寝坊しがちだから、難しいと思うよ」
「そうなんだ?」
「あっ薫お前、よけいなことを!」
「健太郎君、朝弱いの?」
「いや弱くはないんだが」
「そんなこと言って、今朝だって迎えに行ったらパンツしか穿いてなかったくせに」
「ええっ、パンツぅ?」
「おい薫! こらッ!」
慌てる俺に、薫も虹川も清野も、3人揃っておかしそうに笑う。
うう、恥ずかしい。
今そんな話をしなくてもいいだろ、薫め、ちょっと恨むぞ。
気を取り直して教室へ向かう途中、廊下で霜月を見かけた。
「霜月!」
「あ、健太郎君、おはよう」
「おはよ」
霜月ははにかみながら微笑んで、あっと小さく呟くと急に持っていたバッグを探る。
「あの、これ」
差し出されたのは俺が前に貸した本だ。
「面白かったよ、有難う」
「どういたしまして」
「今度は私のおすすめを貸すね」
「おう、楽しみにしてる、また感想会しようぜ」
「うん」
それじゃ、と霜月が歩き去った後で、薫と虹川、清野が興味深そうに俺の手元にある本を覗き込んだ。
「健太郎、何それ?」
「ベストセラーのSF小説だね、ケンちゃんらしい」
「こういう本読むんだ、私も読んでみようかな」
「あ、じゃあ私も、健太郎、次貸してよ」
「いいぜ」
清野に本を手渡す。
でもこいつ、本を読む暇なんてあるのか?
「ボンジュー! 健太郎!」
唐突なフランス語の挨拶に振り返れば、今度は杉本だ。
帰国子女で言葉の端々にフランス語を混ぜてくる。
可愛いんだが、そのせいで若干面白キャラになっちまってるのが玉に瑕だな。
「おう、ボンジュール」
「今朝も両手に花ね、美しいものに囲まれて過ごすのっていい趣味よ」
「そういうわけじゃないんだが」
「アハハ! じゃ、またね、サリュー!」
風のように現れて去っていった。
虹川や清野とは別の意味で爽やかというか、むしろ掴みどころがない。
まあそこが杉本の魅力なんだが。
「本当に君って女子の知り合い多いよね」
清野が呟く。
それは俺も認める所だ、知り合って仲良くなった経緯は色々だが、気付けば女の子の友達が増えていた。
正直、こうして美少女達に囲まれて過ごす日々は悪くない。
でも恋愛ってなるとなかなか、どの子も可愛くて目移りするし、そこまでの関係に進展しないんだよなあ。
教室に入ると小柄な女の子が駆け寄ってきた。
薫と特に仲のいい愛原だ。
「薫ちゃん、おはよう」
「おはよう、望」
望ってのは愛原の名前。
愛原 望。
名前からしてもう可愛いよな、見た目も守りたくなるような愛くるしさだ。
「虹川さんと清野さんもおはよう」
「おはよう、愛原さん」
「おはよ!」
「それから、あの、えっと、け、健太郎君も、おはよう」
頬を真っ赤に染めて挨拶してくる姿、マジで小動物っぽい。
ウサギとかリスとかそんな感じだ、キュンとくる。
「ああ、おはよう」
挨拶を返すと、愛原は何故か慌てて薫に話しかける。
恥ずかしがり屋さんだな、可愛いぜ。
ほんっと俺の友達はどの子も可愛い、そして全員まだ恋人はいない。
だからってガッついて狙うような真似は格好悪いからしないが、誰に恋人が出来ても複雑だ。
俺は贅沢なのか。
はあ、早く彼女が欲しい。
皆で話していると教室に担任が入ってきて、それぞれ席に着いた。
今日も代わり映えのしない一日が始まっていく。
昼頃、教室の外が急に騒がしくなって、気になったがさっさと学食へ向かうことにした。
今日の献立はカレーだからな、腹も減ってるし楽しみだ。
学食に入ると声を掛けられる。
虹川だ。
「お弁当作り過ぎちゃって」だと?
手伝って欲しいなんて言われたら、そりゃもちろん食べるに決まってる!
「健太郎君、カレーが好きなの?」
「おう」
「じゃあ今度作ってこようか?」
「マジ? やったぜ!」
虹川の弁当とカレー、今日は虹川の弁当に軍配が上がったな。
そんな虹川の手作りカレーなんて楽しみ過ぎる、期待して今から腹の虫が騒ぎ出しそうだ。
学食から教室へ戻る途中、俺を探して来た清原に今週末出掛けないかと誘われた。
ボーリングのタダ券が手に入ったらしい。
「行く行く! 待ち合わせって駅前でいいか?」
「オッケー、じゃあ9時に集合!」
「了解、今回は勝たせてもらうからな」
「上等だよ、負けたら前回同様おごりね」
「おう、美味いジュースが飲めそうだぜ」
「同感、健太郎の泣きっ面を眺めながら飲むジュースは最高に美味しいからね」
クソ、言ってろ。
今度こそ負けない、何ならダブルスコアで吠えづら掻かせてやる。