喪失と幼馴染 1
LOOP:8
Round/Lost
「どこで間違えたんだ」
昼休みの校舎裏。
今朝目が覚めた時と同じ自問を繰り返す俺に、理央が同情するような眼差しを向ける。
「ある程度の成果は出ていたと思うよ」
「だよな?」
「しかし、どこかで藤峰君のトリガーを引いてしまった」
「それは何なんだよ」
「分からない、僕にも思い当たる節はない」
そうだよな。
幼馴染の俺が分からないんだ、理央に分かるわけがない。
「スポッチョで同じチームにならなかったことが原因だったとか?」
「可能性が無いとは言い切れないが、あの時の藤峰君を思い返す限りでは恐らく違うだろう」
抱えた膝に顔を埋めて溜息を吐く。
理央が俺の頭をわしゃわしゃッと撫でまわす。
「とにかく、切り替えていこう」
「おう」
「やはり根本的な解決を早急に目指すのが最善だ」
「分かってる、薫との『約束』だろ」
どうして思い出せないんだ。
あいつには俺を殺すほどの理由になっても、俺自身は記憶に残らない程度の気持ちで口にしたのか?
「まだ思い出せないのか」
「すまん」
「僕に謝られても仕方がない、しかし、ヒントは幾つかある」
「ああ」
すっかり忘れているくらいだ、恐らくかなり前にした約束だろう。
それと、薫の『君だけが分かってくれた』という言葉。
お互いたいした秘密はない間柄だと思っていたが、そういうわけでもなかったようだ。
「加えて前回の君だ」
理央が不意に謎めいたことを口にする。
「俺?」
「そう、殺される前日、藤峰君と清野君が撮影中に、僕が君に尋ねたことを覚えているかい?」
理央から訊かれたこと?
ああ、薫に恋愛感情は湧かないのかっていうあれか。
「まあ、一応」
「僕はあの時の君の回答に、引っ掛かりを覚えている」
「なんだよそれ」
誤魔化したりはぐらかしたりした覚えはないぞ。
「君は、無理だ、と答えたんだ」
「ああ」
「無理とはどういう意味だ?」
「そのままだけど」
だって無理だろう。
理央は何にそこまで引っかかっているんだ?
「藤峰君と恋仲になるのがどうして無理なんだ」
「どうしてって、無理なものは無理なだけだ、こればっかりはどうしようもない」
「何故?」
「だーッ、俺の趣味じゃねえの! 言いたかないけどな!」
しかも、こんな話を理央にしたくないんだが。
俺の回答を聞いた理央は難しい顔をして黙り込む。
「健太郎」
「なんだよ」
「君は、改めてその無理の理由を考えるべきだ」
「は?」
「僕はそこに手掛かりがあるように思える」
「約束の?」
「ああ」
それはどんな手掛かりなんだ。
昔、付き合う約束をしたとか? 結婚しようなんて口走ったか。
無い無い、あり得ない。
俺は薫をそういう目で見たことは一度もない。
でも―――理央が言うなら考えてみるべきか。
何であれ切欠になって約束の内容を思い出すかもしれない。でないとまた薫に殺されちまう。
「分かった」
理央も頷く。
「しかしさあ、妙に拘るが、理央はひょっとして俺と薫が付き合えばいいとか思ってたりするのか?」
「可能であれば」
「は?」
なんだよそれ。
唖然と理央を見る。
「君の友人と藤峰君を近付けるより、余程手っ取り早い解決策だと思う」
「ばッ!」
本気で言ってるのか?
それで理央は構わないのかよ。
「なに言ってやがる」
急にムシャクシャして、イラつく。
「それでお前はいいのかよ」
「何故だ?」
「は?」
「何故僕を引き合いに出す」
「ッツ!」
そう、だよな。
これは俺の一方的な感情で、理央は違う。
分かっていたことだ、今も理央は俺を単なる友達としか見ていない。
胸の奥がスウッと冷えていく。
やっぱり恋愛対象じゃないのか、当たり前だよな。
―――でも俺は、理央だけは違うのに。
「健太郎?」
様子を窺ってくる理央に、言葉を濁して立ち上がった。
今は、ここにいたくない。
昼飯もまだだし、そうだ購買に行こう、腹が減ってるから落ち込むんだ。
「どうした」
「あー、悪い、ちょっと用を思い出した」
「用?」
「そう、じゃあ」
「待ちたまえ」
理央に呼び止められてもそのまま逃げ出すように校舎裏から立ち去る。
格好悪ぃ。
今頃理央も呆れているだろう。
でも、結構ショックだ。
分かっていたが現実は厳しい、この気持ちをどうすればいい。
だけどさ、なあ、理央。
やっぱり俺はお前が好きだよ。
だってこの悲惨な状況の中、ずっと傍にいてくれるお前の存在がどれだけ支えになっているか。
たとえ一方的な想いだとしても、それでも俺は―――
パンも買わず教室に戻り、昼休みが終わって、午後の授業を受ける。
放課後は早々に薫を誘って帰ることにした。
頭の中がずっと理央のことでいっぱいだ。
理央、理央。
お前のことを考えると、胸が苦しい。
どうにかなりそうだ。
好きなんだ、理央。
そして今回も、最初の一日をどうにか生き延びた。
取り敢えず初日の攻略法は確立したか。
自室のベッドに寝転がって、前回までの反省点を改めて振り返る。
二度目のデッドラインを越えられたのに、どこで何をやらかしたのか。
そもそもどうして俺と理央だけがループし続けているのか。
薫と交わした約束ってなんだ?
理央は俺をどう思っている?
分からない。
何一つ分からない。
溜息を吐いて目を閉じると、瞼の裏に理央の姿が浮かんだ。
理央。
いずれループを抜け出した先の、俺とお前の関係ってどうなるんだろうな。
―――翌日。
午前の授業が終わって昼になると、珍しく理央の方から声を掛けてきた。
俺は調子がいいから、昨日のことなんてすっかり切り替えてホイホイついて行く。
だって仕方ない、好きなんだ。
理央のこととなると自分でも抑えが利かなくなっちまう。
「時に健太郎」
「ん?」
「今日、弁当は持ってきているか?」
「無いよ、途中で購買寄らせてくれ」
「その必要はない、それと、以前君が教えてくれたあの場所へ行ってもいいだろうか」
屋上か?
勿論構わない、今は俺と理央の秘密の場所だ。
先を歩く理央はやたらデカい包みを持っている。
何だろうあれ。
タイミング的に弁当だと思うが、理央ってあんなに食ったか?
どちらかと言えば小食だったような気がするんだが。
屋上の奥の隅、給水塔の影からパイプを何本も越えて隠れ場所に辿り着く。
理央は打ちっぱなしのコンクリートの上に置いた包みの結び目を解いた。
「おお!」
現れたのは三段重!
艶々した塗りの立派な重箱だ、こんなの正月に薫の家でしか見たことないぞ。
「あー、ゴホン」
わざとらしい咳払いをして、理央はその重箱を一段ずつ分けて並べていく。
最初の段はおにぎりとおかず、二段目は、おお、唐揚げがぎっしり!
あ、あの美味い唐揚げがこんなに!?
三段目の重箱もおかずだが、どれも俺の好物ばかりで美味そう。
「今朝、家の者に作らせた、二人分だが君はたくさん食べるだろうから」
「んんッ!? ちょっと待て理央、今なんて言った?」
二人分って言ったよな?
理央はぎこちなく目を逸らす。




