反転と幼馴染 3
「さて、いい汗流すぞ!」
気合を入れる清野に、それとなく薫と組むよう促した。
「ええッ、健太郎と組むつもりだったのに!」
「せっかくの機会なんだから、そうしろって」
「うーん、でも、藤峰さんと組んで健太郎の泣きっ面を拝んでやるのも悪くないか」
「は?」
「よし! 藤峰さん、二人で健太郎と、ついでに天ヶ瀬も泣かせてやろう!」
急に話を振られた薫は「えッ」と戸惑う。
「君と私の団結を見せつけるんだ」
「団結?」
「そう、今から二人はチームだからね、私も美希に倣ってカオルンって呼ばせてもらうよ、いいかな?」
「う、うん」
「じゃ、カオルンは私をリンって呼ぶこと、よーし、潰すぞぉーッ!」
突然の不穏な気配に俺も動揺を隠せない。
だが、相手をグイグイと自分のペースに巻き込んでいく強引さ、やるな清野。
薫は推しに弱いところがあるから効果は抜群だ。
早速お互い名前呼び、愛称呼びになったし、これは今日も期待できる。
チラッと理央を伺う。
理央も俺を見て、いいんじゃないか? みたいな表情をを浮かべる。
「それじゃ私、リンちゃんとチームを組むね、ケンちゃん」
「おう、薫も覚悟しておけ」
「ええっと、お手柔らかに頼みます」
「ダメだカオルン! こいつらを絶対に負かすって気合が大事なんだ、勝負だ健太郎!」
「いいぜ、理央、薫はともかく清野だけは泣かすぞ!」
「僕にそんな真似は出来ない」
腕を組んでツンとする理央に、清野は突然指先をビシッと突きつける。
「天ヶ瀬! そのセリフ、精々後悔しないことだな!」
思いがけなかった様子で理央は目を丸くした。
「イケメンの泣きっ面、さぞや見ものだろうね、フフ、今日は存分に拝ませてもらおう」
「き、清野君?」
「フフ、フフフフッ!」
理央、ダメだ、清野は勝負が絡むと人が変わる。
情けを掛けるとやられるぞ、俺はもう何度も煮え湯を飲まされたからよーく知っているんだ。
意気揚々と入場する清野を筆頭に受付を済ませ、じゃんけんで先攻、後攻を決めたら、いざ尋常に勝負!
種目は各人それぞれで選び、計四回のチーム戦。
勝った方は負けた方にジュースを奢らせることになった、気合も財布の紐も引き締めてかかるぞ!
―――と、始めは息巻いていたんだが。
「ぐええッ、また負けたーッ!」
「イェ~イ! 勝った勝ったぁ! やったねカオルン、これで三連勝だ!」
「うん、凄いねリンちゃん!」
「違うって、私達が凄いんだ、だって君と私はチームだろ?」
「あ、そっか」
「そうそう! これは二人で勝ち取った勝利さ、イェ~イ!」
「ええと、じゃあ、やったぁ!」
はしゃぐ二人を眺めながら、若干疲れた様子の理央が「お手上げだ」と唸る。
お前も理解したようだな。
実は薫も何気に運動全般得意だし、清野に至っては最早チートだ、俺達は手も足も出ない。
「じゃ、二人とも、勝敗は決したということで、ジュースを奢ってもらおうか!」
「くッ!」
「私はスカッとするやつね、カオルンは?」
「えっ、ええと」
薫はモジモジして、俺に「ごめんね?」と謝ってから甘い飲み物をねだる。
敗者に抗う術はなし。
清野の負け犬コールを背中に浴びつつ、理央と一緒にとぼとぼとジュースを買いに行く。
「理央」
「なんだい健太郎」
「すまん」
「謝る必要はないよ、僕も完全に見込み違いだった」
「でも、俺と組んだばかりに負けっぱなしで、面白くないだろ」
勝たせてやりたかった。
理央にも格好いいところを見せられずじまいで、はぁ。
「いいや、そんなことはないさ」
振り返った理央は「楽しいよ」と笑う。
「確かに君の言うとおり、こうして汗を流すのも悪くないね」
「理央」
「それに」
不意にいたずらっぽい表情を浮かべるから、ドキリと胸が高鳴った。
な、なんだ?
「健太郎、君もなかなか格好いいじゃないか」
「は?」
鼓動がそのままドキドキと鳴り響く。
どういう意味だ?
何が、俺のどこがどう格好良かったんだ?
「おや、顔が赤いようだ」
「ふぇっ!?」
「褒められて照れてしまったかな?」
「や、やめろ! 照れてなんかねーよ!」
「そうかい? ふふッ、存外可愛いところもあるようだ、ケンちゃん」
「うぐッ!」
うぐぐッ、これ以上俺に致命傷を負わせるな!
理央めぇッ!
「具体的にどこがどう格好良かったんだよ?」
「さてね」
「言えよぉッ!」
理央は笑うばかりだ。
なんだよチクショウ、可愛い顔しやがって。
ジュースを買って戻ると薫にまで俺の様子がおかしいと指摘される。
まずい。
「どうしたの?」
「ええと、その」
「健太郎は君達に負けっぱなしで余程ショックなようだ、慰めたら少々泣いてしまってね」
「ええッ、そうなのケンちゃん?」
「ち、違ッ!」
「ええ~っ、そうだったんだぁ、ごめんねぇ健太郎、頭ナデナデしてあげようか?」
「いらん!」
煽る清野に言い返すと、薫が「それくらいにしてあげて」と俺を庇う。
「ケンちゃん、結構負けず嫌いだから」
「勿論知ってるよ、やーいやーい敗北者~ッ!」
「この、清野ぉッ!」
「なんだ元気じゃないか、やーいやーい!」
「ちょ、ちょっとケンちゃん、落ち着いて」
清野め、許さん。
こうなったらもう計画だのダブルデートだの関係ない! こいつだけは負かす!
俺は確固たる意志を持ち、強大な敵―――清野に雄々しく挑んだ。
何度敗北を重ねてもめげず、挫けず立ち上がり、食らいつき、そして―――
結局、清野にぼろクソに負かされ、今度こそガチで泣かされた。
ふと我に返ると俺以外は和気あいあいと楽しんでいる。
理央もだ。
俺だけが頭に血がのぼっていた。
まあ、楽しければいいよな。
何だかんだ俺も楽しい、勝敗に関してはそろそろ観念しよう。
言っておくが気持ちは負けてない、断じて違うからな。
「は~勝った勝った、今日は大金星だ、たくさん奢ってもらったし、満足だなあ」
厚かましい清野と対照的に、薫は「大丈夫?」と俺と財布の中身を気遣ってくれる。
うう、優しい。
「交通費程度はまだ残ってる」
「足りなかったら貸すよ?」
「すまん、薫」
「ううん、ケンちゃんもよく頑張ったよね」
「薫ぅッ」
いや、むしろ傷口に塩を塗りこまれている気分だ。
俺と同じく散々むしり取られた理央も流石に元気がない。
「あっねえ、今日の記念に撮影しようよ!」
「え?」
「ほらカオルン、行こう行こう! 勝利の記録を残すんだ!」
「わっ、リンちゃんったら!」
驚く薫を清野は引っぱり連れていく。
向かう先はスポッチョの一角にあるゲームコーナーだ。
撮影ができる筐体で、撮った写真をデコったりして遊べる。
俺も女の子とよく撮ったよなあ。
そうだ、こっちは理央を誘ってみるか。
「健太郎」
撮影を始める二人を待っていると、理央が話しかけてくる。
「今日はお疲れ」
「お前もな」
「やれやれ、すっかり負かされてしまったね」
「ああ、格好付かないったらないよ」
「まったくだ」
理央は笑って、そしてふと表情を戻す。




