夕暮れと幼馴染 2
薫を玄関なんかで待たせるわけにいかない。
取り敢えず服だ、急いで服を着よう。
部屋に戻って服を着て、また玄関へ走る。
ドアを開けると可愛い顔がちょっとむくれながら俺を見上げた。
「もう!」
「ごめんって」
藤峰 薫。
生まれた頃からずっと一緒の幼馴染。
髪は肩より少し長いくらいのセミロング。
左目の下の泣きボクロがチャームポイントで、我が校屈指のアイドル的存在だ。
確かに、幼馴染のひいき目を抜いても超絶可愛い。
街を歩けばナンパにスカウトのオンパレード、告白もしょっちゅうされているらしいが、俺と同じで恋人はいない。
長年連れ添った幼馴染同士、そういうところも似ちまったのかもな。
それに薫は一途で真面目だから、心に決めた相手が現れるまでは純潔を貫くだろう。
まあ俺が薫なら今頃100人は恋人を作っている。
そして毎日ハーレムでウハウハな生活を送っているに違いない、マジで勿体ない。
「髪、濡れてるよ、シャワー浴びてたの?」
「ああ、寝汗が凄くってさ」
「そっか、朝ごはんもまだでしょ?」
「おう」
「仕方ないなあ、早く支度しちゃってよ、私、ご飯作ってあげるから」
「サンキュ」
藤峰のおばさんもだが、薫も何だかんだと俺の世話を焼いてくれるんだよな。
こんな薫が人殺しなんてますますあり得ない、むしろあんな夢を見ちまった俺の方が最低だ。
薫を家に上げて、俺はまた風呂場へ。
髪を乾かしてリビングに向かうといい匂いが漂ってくる。
「ケンちゃん、お箸とコップ」
「はいよ」
エプロン姿の薫は手際よく朝食の皿をテーブルに並べていく。
今朝も美味そうな飯だ。
ベーコンエッグにスープ、トースト、ジャム、作り置きしてくれている常備菜あれこれ。
短時間にこれだけの品を用意するなんて、流石薫。
早速頂くとしよう。
席について手を合わせた。
「いただきます」
「召し上がれ」
俺の向かい側に座った薫は、自分用に淹れたカフェオレを手元に置いてニッコリ微笑む。
「薫、しょう油とって」
「はい、どうぞ」
「サンキュ」
「やっぱり玉子にはしょう油だよな」
「私はマヨネーズが好きだよ」
「ええ~ッ、そんなの邪道だろ」
「普通だよ、ケンちゃんこそ、お醤油かけた玉子食べながらジャムたっぷりのトースト齧るなんて、意味不明だよ」
「それぞれ美味いんだよ」
いつもと変わらない朝。
普段通りの他愛ない会話。
夢の記憶も段々と薄れてきた、このままさっさと忘れちまおう。
朝食を喰った後、俺が歯を磨いている間に薫は食器の片付けまでしてくれる。
マジで嫁に欲しいくらいだ。
まあ薫をそういう目で見たことはないんだが。
急かされながら家を出て、一緒にいつもの通学路を歩き始める。
空はよく晴れて雲一つない。
今朝のニュース番組でも降水確率はゼロパーセントだと予報していた。
「ふわぁ~、あ、はぁ」
デカいあくびをする俺を、薫が覗き込む。
「ケンちゃん、寝不足?」
「いンや、今朝の夢見が悪くってさ」
「夢?」
しまった。
ぎこちない笑いが浮かぶ。
「どんな夢?」
「あーえっと、ゾンビ、そう! ゾンビがすっげえ出てくる夢!」
「ゾンビ?」
「そう、んで襲われてさ、全身をブチブチーッて噛み千切られて殺されんの、マジでヤバかった」
「怖いね」
俺の夢の話なのに、薫は青ざめて体を震わせる。
怯える様子が小動物みたいだ。
こんな薫が人殺しなんてありえない、まだゾンビの方がリアルに感じられる。
「ケンちゃん、大丈夫?」
「平気平気! だって所詮は夢だぜ? なんてことねーよ」
「そっか、そうだよね、夢の話だもんね」
「そうそう」
「でもケンちゃんがそんな目に遭ったら嫌だな」
「遭うわけないだろ、第一日本は火葬の国だ、ゾンビ自体現れっこねーって」
不意に薫が俺の腕にギュッとしがみついてきた。
おっ、うおおおおおおお!
いい匂い! 可愛い!
「ねえ、ケンちゃん」
「な、なんだ?」
「どこにも行かないでね、私を置いていなくなったりしちゃ嫌だよ」
「そんなことしないって」
「本当?」
「ホントホント」
「約束してくれる?」
約束。
―――夢で、俺を殺す薫が言った言葉。
「あ、ああ、約束する」
「嘘吐かないでね」
嘘か、嘘ね。
―――嫌な符合だな。
けどあれは夢だ、所詮夢、いちいち引っかかる必要ないっての。
「心配すんなって、俺は嘘なんか吐かねーよ」
「うん」
「俺がつくのは正月の餅だけだ」
「お正月にお餅ついたことなんてないよ?」
「うぐッ、そこはさあ、マジレスじゃなくて笑ってくれよ」
薫はやっと笑顔を見せてくれる。
よかった。
お前を不安にさせたくないからな、それに薫は笑顔が一番可愛い。
遠くに学校の正門が見えてきた。
俺達が通う、私立光輝学園だ。
自由な校風と制服が可愛いって人気の学園だが、偏差値はそれなりに高い。
薫と一緒に通うために受験頑張ったよなあ。
「あっ、健太郎君、おはよう!」
背後から明るく声を掛けられて振り返った。
同じクラスの虹川だ。
ポニーテールの首筋が眩しい美少女、今朝も爽やかだなあ。
「はよ」
「おはよう、虹川さん」
「藤峰さんもおはよう、今朝も二人一緒に登校してるんだね」
「家が隣だからな」
薫が俺の脇腹を軽くつつく。
それを見て虹川が笑う。
「いいな、羨ましい」
「まあ幼馴染だからな、腐れ縁ってヤツだよ」
「もう、ケンちゃんってば」
3人で話しながら校門を抜けると、俺の近くを「ケン、おっはよー!」とギャルっぽい女の子が駆け抜けていった。
フワッと甘い香りが漂う。
「朝稲? おはよう! どうしたんだ急いで!」
「日直だったの! 忘れてたんだッ、ヤバいヤバい!」
「日直」
隣で薫が呟く。
虹川も「今からじゃ間に合わないよね」と苦笑した。
しょうがねえなぁ朝稲、アイツはいつもあんな調子だ。
「あの子って、ケンちゃんと同じ部活だよね?」
「園芸部な、だが奴は幽霊部員」
「うちは入部必須だからね」
かがやき学園では校則で必ずどこかの部に所属するよう定められている。
だからアイツみたいに籍だけ置いて、活動にはほぼ参加しないような奴がザラにいる。
「けどさ、最近顔出すようになったんだよな」
「そうなの?」
「俺の熱心な指導の賜物だろうな、アイツもようやく土いじりの良さに気付いたらしい」
「ケンちゃん、お年寄りみたいだよ」
「そうだね、老後の楽しみって雰囲気が滲み出てる」
失礼な、園芸は奥が深いんだ。
まあ、かく言う俺も入部の理由は一番楽そうだと思ったからなんだが。
「星野のおかげだよ、アイツが俺に園芸の面白さを教えてくれたんだ」
「へえ」
「んで、その教えを今度は俺が朝稲に伝授した、つまり星野は俺達の師匠で、朝稲は俺の弟弟子ってわけだ」
「なんだか園芸部の話じゃないみたい」
「だね! 功夫モノの映画みたい、ちょっと格好いいかも!」
虹川の発言に薫は賛同しかねる様子で微妙な顔をした。
俺も今の例えは少し的を外している気がする、個人的にはどっちかって言うとヒューマンドラマのつもりだ。