混迷と幼馴染 3
教室に戻ると、薫が駆け寄ってきてサボりの理由を訊いてくる。
正直に校舎裏で昼寝してたって伝えたら、心底呆れた様子でため息まで吐かれた。
けど、心配してくれたんだな。
いつもの優しい薫だ。
何度殺されても恨む気にはなれない、だって、俺にとっても薫は特別で大切な存在だから。
気を引き締めて掛かろう。
今度こそ薫と向き合うんだ、そして約束も思い出してみせる。
―――それから俺は、また頑張った。
薫ファーストを徹底しつつ、薫と皆の仲を取り持つため、不自然にならない程度に手を回した。
その甲斐もあってか、少しずつだが薫も進んで皆と話すようになり、何だかいい感じだ。
よかった。
薫も含めて皆いい子ばかりだからな、元より不安はなかったが、順調そうで何よりだ。
でも、俺自身は若干後ろめたい。
理由が理由だけに皆を利用しているような気分だ。
まあそんなことも言っていられないが。
死なないためだ。
そして薫に皆を、俺を、殺させないため。
綺麗ごとだけじゃ済まないって現実は理解している、その上で抱く罪悪感は俺への罰だろう。
受け止めるしかない。
その上で、俺は可能な限り誠実に努めよう。
そして、また一週間が経った。
今日は前回油断した俺が殺された日。
かなり警戒していたんだが、薫は生徒会の用事を頼まれず、いつも通り一緒に帰ることになった。
状況が異なると展開も変わるんだな。
同じだったのは初回の二度だけか、意識して行動すれば変えられることは意外に多いのかもしれない。
「ねえケンちゃん、今日はケンちゃんの家にお泊りしてもいい?」
「えっ」
どうしたんだ急に。
薫はちょっと照れ臭そうにえへへと笑う。
「あのね、久しぶりにケンちゃんと一緒に寝たいなーって」
「俺のベッド一人用だぞ、それに俺、体デカいし、確実に狭い」
「いいの」
頬をぷくっと膨らませる薫は可愛い。
まあ、別にいいか。
薫は寝相がいいもんな。
でも俺は、えーっと、その―――ベッドから蹴り落としたせいで殺されたりしないよな?
「なあ薫、やっぱり布団敷いてやるよ」
「ええッ、なんで?」
「知ってるだろ、俺寝相悪いの」
「気にしないよ」
「俺が気にするんだよ」
「もう」
布団は俺のベッドの隣に敷くから。
そしてお前は俺のベッドで寝ろ。
それなら寝ている間に薫に迷惑かけたりしないはずだ。
「ねえ、ケンちゃんって最近」
「ん?」
薫は「何でもない」と笑う。
「あ、お夕飯何がいい?」
「オム」
「おむ?」
「―――いや、今日はチャーハンの気分かなぁーッ!」
「分かった」
当分オムライスはいい。
正確にはオニオンスープだが、粉チーズなんて絶対にかけない食い物以外は暫く口にしたくない。
一旦薫を家まで送って、俺も自宅で待っていると玄関のチャイムが鳴る。
迎えに出てそのまま二人でスーパーへ行き、色々と買い込んで戻った。
テレビをつけると殺人事件の速報が流れる。
「人殺しなんて怖いね」
「そうだな」
不安げにニュースを眺める薫の横顔をそっと伺う。
今回は大丈夫、だよな?
やらかした覚えは今のところない。
薫の様子もいつも通り、恐らくは問題ないと思う。
ふう、今日を生き延びたら記録更新だな。
まだ約束は思い出せないが、この調子で繋いでいけばループを終わらせられるかもしれない。
薫を手伝って晩飯を作り、二人で食べた。
美味かった。
今回は毒なんて入っていない、だから当然俺も死んでいない。
「薫、布団敷くぞ」
「ねえケンちゃん、やっぱり一緒のベッドじゃダメ?」
「ダメ」
「寝相なんて気にしないよ」
「分かった分かった、ならリビングに布団を敷いて俺も一緒に寝るから、それで勘弁してくれ」
折衷案を提示して、薫はやっと納得してくれる。
こういう時だけは意外に頑固だからな。
まあいいが、それにしたって急に泊まりたいだの、一緒に寝たいだのと言いだして、もしかして甘えたい年頃か?
薫に風呂を勧めて、その間にリビングを片付けて布団を二組敷く。
戻ってきた薫と入れ替わりで俺も風呂に入る。
雑に頭を乾かしてからリビングへ行くと、薫は片方の布団の上にちょこんと座って待っていた。
小動物みたいで可愛い。
「ケンちゃん、寝よう?」
「おう」
リビングの電気を消して、布団に潜り込む。
薫も布団に潜り込むと、こっちを向いて俺をじっと見つめる。
「ねえ、ケンちゃん」
「ん?」
布団の影から手が伸びてきた。
その手を握り返して、何となく何度か揺らしてから離す。
「大丈夫、ここは俺の家だ、お化けなんて出ないよ」
「違うもん」
「え?」
薫、やけに真剣な顔してるな。
何だ?
「ねえ、ケンちゃん」
「どうした」
「これからも、ずっと―――」
言いかけた言葉を途切れさせて黙り込む。
様子を窺っていると、不意に「おやすみ」と微笑んだ。
「ああ、おやすみ」
やっと今日が終わる。
俺は生き延びた。
また明日を迎えることができる―――そうだ、理央にも報告しないと。
作戦は順調、あいつのおかげだ。
そうだ、何か礼でもするか。
いや、また調子に乗るなって呆れられそうだ、礼をするなら全部終わってからだな。
今の状態がこの先いつまで続くかは、全て俺に掛かっている。
改めて気を引き締めよう。
そのためにも早く、薫とどんな約束をしたか思い出さないと。
―――熱い。
ふっと目が覚めた。
何か聞こえる。
パチパチと爆ぜるような、一体なんだ?
起き上がろうとして咽て、周囲の異常に気付く。
煙?
まさか、火事か?
冗談だろおい!
「か、薫ッ」
ってなんだこれ、縛られてる?
動けないぞ、どうなってるんだ!
「ケンちゃん」
ふらっと現れた薫が、俺の傍にペタンと座り込んだ。
「薫、火事だッ、逃げろ!」
「うん」
「死ぬぞッ、俺のこれも解いてくれ、早く!」
不意に薫の目から涙がボロッとこぼれて落ちる。
薫?
「ど、どうした、まさか怪我してるのか、大丈夫か!」
「ケンちゃん」
「くそッ、消防と救急車を呼べ! お前だけでも逃げろ、薫!」
「ケンちゃんの」
「薫!」
「バカ」
しゃくり上げながら薫が何か振り上げた。
ナイフだ。
「おい、薫」
「約束、したのに」
「ま、待てよ、何でだ? どうして、だって」
「嘘吐き」
「薫」
「ケンちゃんだけだったのに、私のこと分かってくれたの、それなのにどうして!」
振り下ろされたナイフが俺の胸に突き刺さる!
いッ、てぇッ!
―――何度やられても慣れないな、これ。
「ぐうッ」
「酷いよ、ケンちゃん」
「かお、る」
「嘘吐き、ケンちゃんの嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き」
ナイフがザクザクと何度も刺さる。
ああ、また薫に俺を殺させちまった。
今度は何がいけなかった?
また気付かないうちにやらかしていたのか、今度こそ上手くいくと思ったんだけどな。
部屋が暗い。
このまま薫も焼け死ぬつもりなのか。
寒い。
お前だけでも逃げてくれよ、焼死はマジできついからやめておけ。
ごめん、と声を絞り出す。
軽い衝撃があった。
ナイフじゃない。
薫が俺の上に突っ伏して泣いている。
ああ、ごめん。
本当にごめんな、薫。
今回の死因:刺殺
そのうえ家まで焼けて、薫はこの後どうしたか……ご想像にお任せします。
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