対処と幼馴染 3
天ヶ瀬は頷き、俺の眉間を指でグイグイと押す。
「なっ、何するんだよ」
「ではくれぐれも藤峰君に悟られないよう心掛けたまえ、あからさまに顔色を窺わないことだ、それでは逆効果だからね」
「は?」
「後ろめたい事があると暗に告げるようなものだろう、却って彼女を傷つける」
それもそうだな。
よし、普段通りを心掛けつつ、当面は薫ファーストだ。
「分かった」
「よろしい」
「時間を稼いで、何とか約束の内容を思い出してみせる」
「結構」
よし、幾らか前進したぞ。
やっぱり天ヶ瀬でもいないよりはマシだな、一人で抱え込むよりずっといい。
多少申し訳ないがループに付き合ってくれて感謝だ。
「では、僕はそろそろ失礼しよう」
立ち上がった天ヶ瀬は尻の汚れを手で叩いて落とす。
俺も立ちあがると自分の尻を叩いて、改めて天ヶ瀬に礼を言う。
「あのさ、サンキューな」
「構わないよ、僕にも関わりのあることだ、いい加減採血を受けたくないからね」
「おい、だから採血なんかと一緒にするなよ、俺は毎度殺されてるんだぞ?」
「君は自業自得だろう」
「うぐッ、そうだけどさ、ああクソ、はいはいすいませんねぇ」
天ヶ瀬は俺を冷ややかに眺めて、さっさと行ってしまう。
ふん、採血ごとき殺されるよりマシだろ。
それともあいつ、もしかして注射が苦手なのか?
でも確かに得意な奴なんていないよな、俺だって苦手だ。
さて、俺も教室に戻ろう。
ひとまず今後の方針は決まったし、腹も減った。さっさと飯を食っちまわないと。
当面、俺は薫ファーストを徹底させる。
薫が寂しい思いに駆られ、心の天秤を狂わせて、俺を殺させないために。
全身全霊をかけて薫に尽くすぞ。
それが俺の誠意だ。
同時に早いとこ約束の内容を思い出さないとな。
手掛かりは何もないが、それでもやるしかない。
でないとまた薫に殺されて、俺と天ヶ瀬は延々とタイムリープを繰り返す羽目になっちまう。
あいつ、ずっと傷付いていたんだろうな。
俺が約束を忘れたから。
そう考えると胸が苦しい。
薫はいつだって俺にとって特別な存在なのに。
午後の授業が終わって放課後。
早速薫を誘い、一緒に帰る。
「ねえ、ケンちゃん」
「ん?」
「駅前にね、すっごく可愛いカフェができたんだ」
「行きたいのか?」
「うん!」
「じゃあ行こう、なんだったら奢ってやるよ」
「やったあ! 有難う、ケンちゃん」
ニコニコと笑う薫は本当に可愛い。
こいつが俺を殺すなんて、完全に質の悪い冗談だ。
「だけど、ケンちゃんから誘ってくれるなんて珍しいね」
「そうか?」
「うーん、もしかして」
な、なんだ?
まさかもう俺の意図に勘付いたんじゃないよな?
「ケンちゃん」
冷汗が背筋を伝う。
「今朝のこと、反省してるんでしょ」
「えっ」
「ケンちゃんがのんびりしていたせいで遅刻しそうになったこと、忘れてないよ」
「そっ、それはその、すまん」
「やっぱり! だから奢るなんて言ったんだね、もう」
呆れる薫に脇腹をつつかれる。
よかった。
こんな勘違いなら大歓迎だ、いくらでも俺を責めてくれ。
「明日も遅刻しそうになったら、ケンちゃんは置いていくからね」
「そんな、勘弁してくれよ」
「だってケンちゃん、甘やかすと幾らでも甘えるし」
「頼むよ薫、なあ」
「どうしよっかな~」
「薫ぅ」
「それじゃ今夜は早く寝ること、夜更かし厳禁、明日も早く起きなさい、いい?」
「はぁ~い」
「よろしい」
こうしているといつもの薫だよな。
俺の大切な幼馴染。
それがどうして俺を殺すんだ。
今も抱え込んでいる想いを明かしてくれない、それとも無駄だってとっくに見限られちまっているのか。
「ケンちゃん?」
小首を傾げる薫の頬をプニッとつつく。
もう、とむくれた薫を今度はくすぐってやった。
「ちょ、ちょっとケンちゃん! やめて、くすぐったいよ!」
「薫はここが弱いんだよな、ほーらコチョコチョ」
「やめてったら、アハハッ」
なあ、ずっとこのままでいてくれよ。
もう俺を殺さないでくれ。
頼むよ、薫。
―――それから俺は、薫ファーストの有言実行に全神経を注いだ。
天ヶ瀬のアドバイスを参考にして、薫抜きで女の子と喋らない、登下校は薫と一緒、昼も必ず薫と食べた。
薫が行きたいと言った場所には必ず付き合って、端末にメッセージが届いたら一分以内に返信、常に薫の目の届く範囲にいるよう心掛け、薫からなるべく離れないようにする。
そうして過ごした一週間後。
俺は、まだ生きている。
薫にも俺を殺そうとする兆候は見られない。
ただ相変わらず約束の内容は思い出せなくて、こっちは焦る一方だ。
あまり悠長に構えてはいられないよな。
なにせ所詮は一時凌ぎだ、そのうちまたボロが出て殺される可能性がある。
もう死にたくない。
薫にだって俺を殺させたくないんだ、だから早くどうにかしないと。
「薫、帰ろうぜ」
今日もいつもと同じように薫を誘うと、薫は顔の前で両手をパチンと合わせた。
「ごめんね、ケンちゃん」
「えっ」
「あのね、放課後、生徒会の用事ができちゃったの」
「用事?」
「資料作りを手伝って欲しいって、凄く量が多いそうなんだ、困っているから断れなくて」
「そっか」
「本当にごめんなさい、時間が掛かると思うから、今日は先に帰って」
「けどお前はどうする、遅くなると危ないだろ」
「大丈夫だよ、一緒に作業する生徒会の子と帰るから、心配しないで」
「そうか」
「有難う、ケンちゃん」
嬉しそうな薫の頭を何となく撫でてやる。
薫はポッと頬を染めて「エヘヘ」と照れたように笑った。
「あっ、お夕飯は作りに行くから、でもお腹が空いたら適当に食べて待っていてね」
「分かった」
「お詫びにケンちゃんの好物作ってあげる、カレーでいい?」
「今日はオムライスの気分だ」
「分かった、ウフフ、それじゃ、とっておきのオムライスを作るね」
俺に「いってきます」と告げて駆け出す薫を見送る。
頼まれたんじゃ仕方ないよな、薫は優しいから、そいつを放っておけなかったんだろう。
しかし、なんだか急に時間が空いたような気分だ。
このまま真っ直ぐ帰るか?
いや、薫と一緒だと立ち寄れない場所に行こう、ゲーセンとか。
「ケーンッ」
「うぐッ!」
いきなり背中をどつかれた!
おい、誰だよッ!
「朝稲!」
俺をジト目で睨んでくる。
若干機嫌が悪そうだな、どうしたんだ。




