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本当に恥ずべきこととは①

 物語に出てくるような英雄になりたかった。

 どんな凶悪な敵にも屈せず、絶体絶命の窮地に陥ったとしても諦めず仲間を鼓舞し、最後は必ず勝つ。


 そんな子供が夢見るような物語の英雄になりたいと本気で思っていた。


 「はぁ、はぁ‥‥‥」


 現在進行形で見える限り五体の疑似ゴブリンに追われている。

 本来であれば魔法で作られた存在故に感情などあるはずがないのだが、簡単な獲物を狩るような視線と無機質な顔からは笑みのようなものを向けられている。


 「だ、誰か、助けてくださーーーーい!!」


 無様にも程がある。自分でも分かっている。かつて自分が憧れた英雄とはかけ離れた姿になっていることに。

 必死に叫んだその声は、残酷にもどこへ届くわけでもなく、ただ虚しく空気に溶けていく。


 「‥‥‥へぶぁ!!」


 走り続けてきたことで酸素が足りなくなり注意力が散ったのかあるいは、もうこのまま終わってもいいのだと心のどこかで諦めがついてしまったのか、足元の小さな木の根に気づかず倒れた。それも盛大に。


 傍からみれば、運が悪かったなと言う他ないような状況だっただろう。

 だが、僕だけは素直にそう思えなかった。これまでの状況もそうだが特に倒れる瞬間、頭によぎったその考えを肯定するように、言い訳のしようのない倒れかたをしたからだ。


 「いっ‥‥‥た」


 転んだ拍子に口の中に入った苦い土が、人が永遠に走り続けることができないように、いつまでも夢を見続けることはできないのだと冷たい感覚と共に自分を現実へと引き戻す。


 ここは、学園内にある訓練の為に整備された安全な森林地帯だったはずだ。しかし、疑似ゴブリンたちはこの地形を把握しているかのように、自分たちが狩りやすい場所へと獲物()を追い込んだ。

 安全なフィールドであるということは、試験内容で危機に陥るような場合を想定されていないということだ。つまり、碌に探索できない者に対して救う余地はないということで、この状況はいわゆる詰んでいるということになる。


 冷静に状況を分析できたことで、すでに吐き出したはずの土の苦味がより濃く感じる。


 「なんっ‥‥‥で‥‥‥はぁはぁ、こんなことになったんだ」


 口にした疑問の答えは単純で、この疑似ゴブリンが張っていた罠に掛かってしまうほど、緊張していたからである。

 獲物()が諦めたことを悟ったのか、もはや魔法で作られた存在であることを忘れさせるほど感情豊かに、まるで勝利を確信したかのような薄気味悪い笑みを浮かべている。

 やっとの思いで木の根元に身体を預けている僕に対して、奴らはじりじりと正面を囲うように近づいてくる。


 「このまま、終わるのか?」


 絶体絶命の状況で制御の効かない口から出たその言葉は、至極当然の疑問だった。ただし、それに答えられる存在も答えてくれる存在もいない。

 つい数時間前までの希望に満ちていた瞳からは光が失われていた。

 僕の視線は目の前にいる疑似ゴブリン達の肩の隙間から遠方を覗き込み、やがて覚悟を決めたように瞳を閉じる。


 暗闇の中、遠くからゆっくりと確実に終わりを告げる足音が近づいてくるのを感じる。 

 特に焦る気持ちはなく、外に向けていた意識を内側へと変えていき、自分の気持ちに向き合う。案外、終わりを受け入れた局面での心は穏やかで、なんの後悔もないのだと思った。 


 ‥‥‥まだ何もしていないのに終わっていいのだろうか。


 まだ夢の途中だというのに終わっていいのだろうか。


 まだ‥‥‥!! 僕の気持ちは諦めたくないと言っているんじゃないのか!!


 後悔が無いわけがないだろう!! 結局僕は、最後まで自分の気持ちに蓋をして、諦めた風にすることで、傷つかないように、夢から覚めないようにしていたのだ。


 瞳を開けて、一瞬眩しさに目を細めるが閉じることはせず、現実を見つめる。


 とうとう眼前には赤色の疑似ゴブリンの全体像が映る。通常のゴブリンとの主な違いは肌の色と表情が無機質なことである。それは単純に魔法で作られた存在であることを証明している。

 人の形を模してはいるが鼻や耳は尖っており、右の細い腕には上半身分くらいの木の枝に、適当な大きさの石を括り付けただけの質素な斧を自身満々にも武器として認識し、手にしている。

 しかし、今の僕にとってソレは、命を奪われないにしても致命的なダメージを負わせるに十分すぎる武器だ。それが五体ともなれば、到底勝ち目のないことは火を見るよりも明らかだ。


 ここまでの窮地に立ちやっとわかった。僕がやりたいこと。そして、僕がしなくてはいけないこと。

 それは、心のどこかで夢を諦めきれずのうのうと生きていくことでも、現実を見てみぬふりをすることでもない。


 正しく夢を諦めるために、ただ実直に向き合うことなのだ。


 「かかって来いよ、お前たち(疑似ゴブリン達)、ただではやられないぞ!!」


 口にするのと同時に覚悟を決め、痛みに耐えながらも立ち上がる。歯を食いしばり、両手で拳を作り出し顎の辺りまで持ち上げ、深く息を吸い、恐怖や不安と共に吐き出す。

 僕の一連の行動に疑似ゴブリン達も何かを感じ取ったのか、今までの舐めた態度を変え、その視線からもわかるように、娯楽から命のやり取りへと認識を変えていく。


 「‥‥‥!?」


 まさに一触即発の状態。均衡を先に破ったの、疑似ゴブリン達の方だった。


 突如として、右端にいた一匹の身体が震え始めだしたのだ。その様子は武者震いなんかじゃなく、自身より巨大で強力な()()に怯えているようだった。

 緊迫した状態から仲間の異変を察し、気を逸らした敵の隙を見逃さず、すぐさま攻撃を繰り出そうと右足に力を入れた時だった。


 今度は一番左端から順に、ぼうぼうと炎に包まれていった。気づいたころには身体が燃えている疑似ゴブリン達は断末魔を残しながら一枚いちまい紙切れへと姿を戻していく。


 凄まじい姿で燃えていくのに吃驚し、覚悟を決めて立ったはずが情けなくもう一度へたり込んでしまう。


 今までの覚悟など無意味であったかのように彼女は、カッコ悪く腰を突いている僕、デジー・スヴェルドに大丈夫ですか?と守るべき存在を見るかのような優しい眼をしながら手を差し伸べる。それは、僕にとっては二つの意味で恥ずかしいことであった。

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