プロローグ【ここは夢を現実に変えられる場所】
英雄とは何か、君は考えたことがあるだろうか。
かつて夢見た英雄という存在を本気で目指す少年の成長物語。
月明かりが照らし圧倒的存在感を放つ玉座の前で、赤いマントを羽織った青年を筆頭に三人の仲間と魔王との最後の戦いが始まった。
度重なる衝撃で、綺麗な装飾が施されていた窓ガラスや歴史を感じさせる銅像は瓦礫へと変わり、炎系統魔法の最上位魔法【インフェルノ】によって、対象となる魔王と近辺に散らばっていたそれらを同時に跡形もなく溶かしていく――――――。
「‥‥‥魔法ってやっぱりすごいなぁ!!」
石造りの円形の建物の部屋に不釣り合いな大きな窓がある。海鳥の声は少年に心地よい。海に沈みゆく太陽の優しい光を後ろ肩に浴びながら、丁度良い高さの長椅子に座る少年は大事に読み古された本を両手に持ち、楽しそうに呟いた。
魔物や魔獣であれば問答無用で消し炭になるであろうその魔法とて、魔の頂点に君臨する王に対しては、やはりと言うべきか余り効果が無いように見える。
それは、青年を含む全員がその地獄のような炎の中心でも苦悶の表情を浮かべず、むしろ楽しむように笑っているその怪物から目を離さなかったことから想像に難くない。
――――一瞬の出来事であった。ドンという音が後ろから聞こえてきた。
それは青年の右斜め前で盾を前に構えていた、体躯の良い戦士クラスの無精髭が似合っている男が後方へと吹き飛ばされたことによるものだった。
パーティの誰も油断はしていなかったが、ほんの少しでも次への行動の遅れが致命傷に繋がることを思い知らされる。
今しがた仲間が受けた得体の知れないおそらく魔法に対し、追撃を防ぐため素早く魔法防御の障壁を展開するツインテールが良く似合う小柄な女性魔法使い。
そしてその場から、後方の壁に身体が大の字で埋まっている戦士に向けて回復魔法をかける、聖書を右手に持ち優しい印象を与える眼鏡をかけた僧侶。
仲間たちを囲うように展開された障壁の中で、何が起きたのかを即座に冷静な分析を行う特徴的な青い柄の剣を持つ金髪の青年。
動揺や会話などなく、一連の手慣れた動作は彼らの旅路が生半可なものではなく、常に死と隣り合わせであったことを示している。
「‥‥‥戦士さん、大丈夫かな?」
少年は優勢だった状況からの一転に少し焦りながらも、残り枚数の少ない本を捲る。
――――静観を貫いていた青年は、ハッとしたように目の前で起きた現象を理解した。あれは、魔法による攻撃ではなく、物理的な攻撃だったのだ。それも、ただのデコピンによる衝撃波である。
すぐさま青年は魔法使いに魔法防御の障壁を物理防御へと変更するよう指示をする。だが、青年の指示よりも早くに絶望への一手は打たれていた。
デコピンの風圧だけで、人を吹き飛ばせる魔王の身体は常軌を逸した速さで行動することを可能にする。
回復魔法による長期戦を避けたいのか、最初に青年の右後ろにいる僧侶が狙われ、凄まじい衝撃音と共に壁へと蹴り飛ばされる。
ギリギリ目で追うことができる青年は、消去法で次の標的になるだろうと少し離れた左後ろにいる魔法使いに身体を寄せ、次の攻撃に備える。
「‥‥‥負けないで、勇者さん!!」
物語の絶望感漂う状況は、少年の手に自ずと力を入れる。まだ残る希望に縋りながら、少年は物語の最後を見届ける為に、残りのページをゆっくりと捲る。
しかし、少年の期待とは裏腹に物語は最悪の局面を迎えた。
――――青年の取る行動を予め読めていたのか、それともそうなるように仕向けていたのか、どちらにせよ魔王の攻撃は青年に残酷な選択を迫る。
それは例えどんな特性があろうとも、身に受ければただでは済まない威力の蒼白い一本の大きな雷槍の形をした魔法が目の前に撃たれたことである。
なぜならこの位置でその魔法を避ければ僧侶が死に、直撃すれば二人とも満身創痍になることは必至であり、この戦いにおけるその状況はすなわち死を意味するからである。
避けるか受けるか、瞬時に問われたその選択に対して青年のやるべき行動は一つである。
青年は自らその魔法へと迎え撃つような形で走っていく。衝突した瞬間、目を覆い隠したくなるほどの眩い光と凄まじい爆発音を立て、その場のすべての者の行動を強制的に止める。
緊迫した空気に包まれた戦場で全ての視線は、鞘から抜かれ静かに闘志を燃やす月明かりを反射するほど銀色に輝く剣を右手に持つ一人の青年のもとへと集まる。
どこかの国の紋章を背負った赤いマントをつけている、この金髪の青年は勇者である。
「‥‥‥絶対に勝って!! 勇者のお兄ちゃん!!」
勇者の登場により、物語の様子は大きく変わる。少年は心を躍らせ、目には希望の光を灯し、興奮するから身体を自制するように深呼吸して、次のページへと手を伸ばす。
――――勇者の掛け声は、絶望を前に立ちすくむ魔法使いの身体に前進する勇気を与え、戦士が長々と気絶している自身に対する怒りを慈愛の心で収めて冷静さを与え、魔王に直接吹き飛ばされ、その身で恐怖を知った僧侶には希望でもって奮い立たせる。
再び息を吹き返した憎き存在達に魔王は怒号を浴びせ威嚇するが、勇者の存在によってその効果は何も得られなかった。
魔王の合図で4人は同時に動き出し、阿吽の呼吸で連携し最大火力の攻撃を次々と与えていく。これまでの優勢がまるで嘘だったかのような怒涛の展開に魔王は徐々に対応できなくなっていき、時間が経つにつれて肉体に傷がついていく。
そうして勇者が最後の攻撃を与える瞬間まで魔王は命乞いをすることはなくその日、一人の英雄の誕生と世界の平和が約束されたのだ。
この物語はここで終わる。
「僕も、こんな英雄になりたいなぁ!!」
少年はそっと本を閉じると、いつの間にか辺りが暗くなり月明かりが目立つ星空を見上げ、そっと呟いた。
舞台はそこから数年後、少年の入学試験から始まる。
色々忙しい状況のため、やや不定期の更新になりますが、読んでいた