祭りの夜 【月夜譚No.309】
お囃子の音色に誘われて迷い込んだらしい。世界の境界が曖昧になり易い夏の時期には、偶にあることだ。
だからさして気にしなかったし、気にするつもりもなかった。
繋いだ手がぎゅっと握られて、彼は下を見る。まだ幼い大きな瞳が、不安に揺れてこちらを見上げていた。彼は黙って不器用に幼子の頭を撫で、再び前に歩き出した。
周囲は明るく、行き交う影も多い。しかし一目見れば、そこは人の世ではなく、影も異形のモノ達であるということが判る。
祭りの夜は、人の子も異形も関係ない。楽しければそれで良い。そんな賑やかさが周囲の空気を躍らせる。
しかしながら、異形に囲まれれば人の子も恐ろしいだろう。彼の手を握って離さない幼子も、怖々と辺りを見回している。
彼は足早に異形の間を通り抜けて、暗がりにある鳥居の前に立った。そして幼子の手を離し、そっと背中を押す。
幼子は数歩進んで、振り返った。首を傾げるその顔に、さっさと行けと彼は手を振る。
「……ありがと」
最後に初めて笑顔を見せて、幼子は鳥居の下を駆けていった。
幼子の笑顔が昔の記憶と重なる。それを振り払うように、彼は首を振った。
あれを助けたのは、ただの気紛れだ。深い意味はない。
彼は踵を返し、祭りに戻った。