プロローグ
「嗚呼、とうとう彼女ともお別れか」と心の中で嘆く眼鏡をかけた無精ひげのフリーター。男は地元・北九州にある小倉の歓楽街を一人寂しく歩いていた。名は松尾銀、27歳の実家暮らしである。
彼はつい3ヶ月ほど前に会社をクビになり、今後の去就について頭を抱えていた。そこへ追い打ちをかける事態が重なり、自暴自棄になっていた。
理由は数ある趣味の一つである推し活にあった。推し活といえばアイドルやロックバンド、あるいは二次元キャラクターを思い浮かべるだろう。しかし、銀の場合はショーパブであった。きっかけはSNSを通じて出会った小倉在住の女性ポールダンサーである【Reika】との出会いだ。彼女とのやり取りで徐々に親交を深め、次第に在籍するお店に招待された。当然銀は好奇心を搔き立てられ、ショーパブの世界に足を踏み入れたのだ。
レイカこそ銀を魅了させた張本人である。だが彼と出会ってからほどなくして、別れを余儀なくされる。理由は彼女が数年間務めたショーパブを卒業し、地元を離れなければならなかったからだ。
芸能稼業には必ず終わりが来る。レイカも例外ではなかった。銀はせめての気持ちとして、なけなしのチップで還元した。そして今までしてこなかった指名を初めて彼女に対して行い、残りわずかな時間を過ごした。
そして楽しかった時間は瞬く間に終わりを告げていく。銀は最後に彼女の煌びやかな表情を目に焼き付け、虚しい感情を押し殺しながら店を後にした。交差点を渡りため息をついた後、自身のバイクが置いてある駐輪場まで向かった時、ある異変に気付いた。
着ていたベストの右ポケットにある実家の鍵とは別の何かが紛れ込んでいたので、銀は即座に取り出した。中身は黒いケースに包まれたワイヤレスイヤホンと、黒い名刺サイズに金色の印字で書かれたメッセージカードであった。
『見せてくれ、その力を私にも……』
カードに記された意味深な文言に銀は戦慄した。一体誰が何の為にと目的も分からず混乱していた。さらに黒いイヤホンまでもがセットとなりポケットに仕込まれていた。恐怖の感情に逆行して、手に取ったイヤホンを両耳にはめ込んだ。
次の瞬間、大きな耳鳴りにより頭蓋骨をドリルで突き破るほどの激しい衝撃が走り、めまいが襲った。急いでイヤホンを外そうとするも、顔から足先まで痺れが回り、まともに立てなくなりその場で倒れ込んだ。次第に全身が痙攣し始め、呼吸困難になり、銀は意識が薄れる中で彼女の名前を呼びながら、ほどなくして微動だにしなくなった。
『レ、レイカ……さん』