バルバル大作戦
僕は今回の行動の全てを、バルバル大作戦と名付けた。
特に意味はない名称だ。
バルバロッサ作戦にしようかと思ったけど、べつに戦争がしたいわけでもないし、そんな大層な事でもない。
だからバルバル大作戦にすることにした。
可愛く感じられるだろ。
僕は親父の車を操り、真夜中のトンネルに差し掛かる。
対向車は無い。
トンネル内は、最小限の明かり。
オレンジ色の保安灯が天井で瞬いているだけだ。
前が見えると言えば見えるかもしれないが、ほら、あの看板の影に誰かが立っているとしたら、それは見えない。
それがいきなり飛び出して来たとしたら、僕は確実に豚箱送り。
僕には理不尽だが、相手にとっては正義の執行。
だけど僕は減速しない。
むしろアクセルを踏み込んでみる。
親父の車はうなり声をあげて加速する。
抗議の声にも聞こえるし、解き放たれた暴力性の歓喜の声にも聞こえる。
生き物に当たれば即死は免れない。
そんな速度に達した。
速度を増したことで、僕への理不尽さは減少した。
法定速度を超えて走るのだ。それだけで罪となる。
だが、足りない。
これでは足りない。
ありふれた人身事故だ。
こんな事例は、この世界に満ちている。
そんなものに興味はない。
これは大作戦なのだから、大きなことをしなくては。
さらにアクセルを踏み込むか。
この対向車のいない長いトンネルで。
路面が濡れている。
所々。
アレにタイヤが乗った瞬間、スリップするかもしれない。
そうなると二トン近い物体が、勢いよく壁にぶつかる。
木っ端微塵だ。
僕も車も原形をとどめない。
ガソリンに引火して、爆破炎上するかもしれない。
火葬まで一貫して行うとは、我ながら手回しがいいことだ。
だが、これもつまらない。
ありふれた事故だ。
ハンドル操作を誤って壁にぶつかるのは、僕だけの専売特許ではない。
よし。
ヘッドライトを消そう。
右手が動くと闇が訪れた。
闇は大げさか。
点々と瞬くオレンジ色の保安灯だけの世界だ。
見えそうで見えない世界から、見えないけど見えそうな世界へと変移する。
対向車が来たら、向こうの運転手はさぞかし驚くだろう。
馬鹿なやつがいると笑うだろうか。
危険行為に怒るだろうか。
無灯火で深夜のトンネルを爆走する車。
無視はしないだろう。
価値が一つ生まれた。
大きな進化だ。
だが、せっかく生まれた価値を自らの手で減衰させる。
いや、自らの足だ。
僕の足はアクセルから離れた。
燃料の供給を絞られた車は、エンブレを発生させ減速へと移った。
視界不良による恐怖が、意味の創造を上回った。
無灯火の低速車。
誰かとすれ違ったとしても、何かトラブルがあったのだろうと思われる。
同情こそされるが、怒られはしないだろう。
いや、怒るか。笑うか。無視するか。
他人の価値観なんて僕にはわからない。
僕なら、どうしたんだと思うだけだ。
意味が喪失してしまった。
何の意味かは僕に聞くな。僕だって知らない。
仕方がないので僕はライトをつけることにした。
目の前がパッと明るくなる。
当たり前だな。
意味の創造ためにも、次の手を考えなくてはならない。
ライトも付いたことだし、蛇行運転でもしてみるか。
ヘッドライトの光が右へ左へと狼狽えていたら、すれ違う人も狼狽える。
二台の車が接触。
被害の次第によっては、朝のニュースで取り上げられるだろう。
しかし、それもつまらない。
たまによくある悲劇の1ページ。
命を懸けてまですることでもない。
それによく考えてみたら、相手あっての意味じゃないか。
僕一人では、何の意味も創造できていない。
これは大問題だぞ。
どう対処したもんだ。
ノロノロと進みながら考えていると、オレンジの明かりが消えて、下の方に人家の明かりが飛び込んできた。
トンネルは終了。
僕の大作戦も終了。
なんてことだ。もたもたしているから終わってしまったじゃないか。
自分の不甲斐なさに頭にくる。
それは愚者の嘆き。
仕方がない。このまま家に帰ろう。
僕はハンドルを握りなおしてアクセルを踏み込む。
意味の創造とやらはまた今度。
終わり
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