婚約破棄症候群―シンドローム―◆百合婚令嬢〜挟まれた者は死ぬ〜
ゲーム機の充電中に飲酒して、ほとばしるパッションで書きました。百合描写はかなり軽め。全年齢向けです。誤字報告よろしくお願いいたします!
【追記】
・タイトルを一部変更しました。
私は聖女だ。そして、この王国の第一王子の婚約者でもある。
この国では50年に一度、どこかで聖女が産まれる。ある時は由緒ある貴族の屋敷で、そしてある時はにぎやかな子どもたちのいる商人の家で、そしてある時は暗くて汚い路地裏で……。
路地裏で産まれた私は死んでしまいそうな直前で、たまたま王室騎士団に保護をされたらしい。
絹糸のような白い髪と金色の瞳。聖女の証を持つ赤子を路地裏でひっそりと産んだ母親がどうなったか、私は知らない。
売られたのならば、まだ良い。母が金を貰い、どこかでのんびりと暮らしているならばそれで良い。けれど一抹の不安が拭いきれない。私は赤子を奪われぬようにと必死に抵抗する一人の女性から、無理矢理奪い取られたのではないか?
ああ、お母さん。会いたい。
拝啓、路地裏のきっとグラマラスなお母さん。私は今日、王立学園を卒業します。そしてここで王子とダンスをして、なんやかんや、結婚をします。50歳になったら新しい聖女の育ての親になるのでしょう。そうして歴史は紡がれて……
「聞いているのか? デボラ!」
「はっ……全く、これっぽっちも聞いておりませんでした」
「こ、この〜〜〜ッ!!」
ざわざわと会場が騒がしい。人前が苦手な私はこのような場所に出ると、つい顔も知らぬ自分の母について考えてしまうのだ。
やはり窮地に立たされた時、ついお母さーん! と頼ってしまうのは一種の本能なのだろう。
「よいか、よく聞け、路地裏聖女! 俺は貴様のような性悪女は嫌いだ。貴様はこの俺の蜂蜜ちゃんを散々虐げたな。ランチの誘いは断り、放課後の歌唱サロンも断り、何もかも全て無下にしたな。さしずめ婚約者の俺を奪われたと嫉妬していたのだろう」
大袈裟なため息をついた王子が、彼の一歩後ろにいた少女を抱き寄せる。
蜂蜜ちゃんと呼ばれたその少女の名はミエール。ミエールは黄金の髪を持った美しい貴族令嬢で、王子の幼馴染でもある。
教会との絆を深めるために聖女の私と王子は結婚することになっていたが、おそらく私がいなければ二人が結ばれるはずだった。
「……断ったのは事実です。しかし、それには事情が……」
聖女の私は人の祈りや想いといった強い念パワーが少し苦手だ。強い念パワーは波動となり、風もないのに吹き飛ばされそうになるのだ。
このミエールという令嬢からはその強い波動がいつも放たれていて、近くにいるとものすごい圧を感じる。今も一体彼女が何をそれほど念じているのかと不安になるレベルに押し寄せてきていて、チラチラと視線を向けられる度に吹き飛ばされそうになっていた。
「よもや我が婚約者が何より大切な幼馴染に危害を加えるとは……黙って見ているわけにはいかぬ! 俺は……俺は今日をもって貴様との婚約を破棄する!」
ドン!
王子の念パワーで思わず空中に少し浮いたが、慌てて地面に足をしっかりと置く。腹式呼吸を心がけ、スーパー聖女オーラを纏うことでなんとかその場にとどまった。
しかしその直後、ミエールからさらに凄まじい波動が放たれた。私がスーパー聖女V3の極意を身につけていなければ危うく塵となっていたところだ。
風もないのに私とミエールのスカートと髪だけバサバサと揺れている。ここは激戦区だ。
ここまでの波動を放つ【感情】とは何だ。一体ミエールはどれほどの激情を私に向けているのだろう。やはり想い人を奪われた憎しみか。それとも婚約破棄という甘いフレーズに対する喜びか。
「そして俺は」
王子の言葉に私は目を見開いた。
いけない。それ以上は……
「なりません! 王子!」
じりじりと体を後ろに押されながら叫ぶ私に、王子の冷たい視線が刺さる。決して私を愛さない王子。その眼差しこそ、この白い結婚を誰よりも拒み続けていた証だ。
「ええい、黙れ! 俺は……俺はこの蜂蜜ちゃん……ミエールと婚約することを決めた!」
もはや爆発と言うに近いミエールの波動に、私はズザザザと更に後方へと押し出された。しかしその波動は本当に爆発的なもので、瞬時に収まると同時に引き戻す津波のような力となった。
ふらっ、と私は一歩前へ出る。スーパー聖女ウルトラDX改の力を開放せねばならないほど追い詰められたのは初めてのことだ。やれやれ、と私は手巾で額の汗を拭う。
「殿下……」
にこやかな黄金の蜂蜜令嬢ミエールは声まで美しい。これほどの人を愛さぬ男などいないだろう。
優しそうな目で、ミエールは王子を見つめる。柔らかな微笑みに王子も釣られたように笑った。まるで私たち、二人の女だけものすごい風圧で物理演算が狂っていることにすら気付いていないとでも言うように。
「そして、わたくしも……殿下との婚約、破棄させて頂きますわ!」
「な……なんだと!? ハッ……ま、まさか蜂蜜ちゃん、お前、デボラに脅されたのだな? 可哀想に……聖女の力を翳した悪女デボラ!! 俺たちの前から消えろ!!」
「消えるのは殿下、あなたよ」
ミエールの放った言霊のパワーで王子が空中へ浮く。まるで何が起きたのかもわからないというような顔で王子は床をゴロゴロと転がる。そして一瞬のうちにミエールは私の背後へ回り込み、急所の一つである耳朶に唇を寄せた。
いけない。鼓膜を破られる。そう感じた私も聖女パワーと【氣】で縮地法を使い、彼女の背後ポジションを奪った。
「さすが聖女様。なかなかやりますわね」
「……ミエール様も」
ふわりと甘い香りが漂う。恐らくミエールの香水だ。上品だが、少し少女らしい甘さも感じる。まさに艶やかな華であり、そして蜜だ。これほど美しく可愛らしい女を他に知らない。
「……ふう」
ミエールは突然体の力を解き、ぽふんと私の体にその身を預ける。寄りかかられては受け止めるしかない。
敗北を認めたということだろうか? そんな私の思いとは裏腹に、彼女の強い感情が直に体を貫いた。
これはなんだろうか……浮かされる。
温かくて、そして熱い。舞い上がるように、地面から離れてしまいそうだ。
この感情は何だろう。ミエールが私に向ける、この甘くて甘くて身悶えてしまいそうな感情は……
「ミエール様……まさか」
「……ずっとあなたを……あなただけを見ておりました。どうかわたくしの祈りを聞いて」
私よりもほんの少しだけ背の高いミエール。細いミエール。まつ毛が長いミエール。クソデカ感情の持ち主ミエール。世界一綺麗な……私のミエール。
「制服の第二ボタンをわたくしにくださいませんか?」
「……はい。私ので良ければ」
「本当に? よろしいの? 嬉しい」
私は頷き、ブレザーのボタンの一つを引きちぎる。ミエールの背中に触れてしまったことが恥ずかしくて頬まで真っ赤になったが、ミエールの耳はもっと赤い。
「ただし、ミエール様のボタンと交換です」
「ええ、もちろんですわ! 差し上げますわ。あなたにならば、わたくしの全て」
激しいミエールの恋心と私の聖なる愛が融合し、最強のニコイチが誕生した。ニコイチ結界の中は禁断の百合の園で、赤い果実を手放したイヴたちを残してアダムのみが追放される。
可哀想なアダムたちは彼らだけの薔薇を咲かせれば良い。愛は罪、咎であり、そして救いであるのだ。
「わたくしの聖女様、どうかもう一つ、祈りを聞いてくださいませ」
「はい。あなたの願いなら何でも、全て」
「今から、制服で行きたい場所があるのです。馬車も用意してありますわ」
「……ええ、では、行きましょう。二人で、夢の国へ」
拝啓、路地裏で一番美人なお母さん
やっぱり女の子って最高
女の子って最強
婚約破棄されたってニコイチでいれば乗り越えられる
いつか私のハニーを紹介したいです
やっぱり、お母さん、あなたに会いたい。
※ニコイチとは、およそ15年ほど前に使われていた古語。仲良しな女子二人組ってマヂ最強↑↑というニュアンスで、プリに書いたり凸メ素材画嬢.*。+°に使われたりもしたパネェ言葉です。
ゲーム機充電できたらゲームやる人生でちゅ!!!!ゲットしろ俺を
■追記
本作は現時点で削除の予定はございません。
名前の由来について、デボラは蜜蜂、ミエールは蜂蜜です。
貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました!