第90話 教授とダンジョンコア
これは明らかに取引だとわかる。
彼らの望みとは何か、ボクと契約して得られるものはなんなのか。
そこが今一つわからなかった。
亜神、理外の者にできなくてボクにできることとは何か……。
「遥お姉様、契約などしなくても構いませんわ。ほかの研究成果ならほかの者に尋ねればいいだけですもの」
瑞歌さんはこの教授と呼ばれる骸骨が嫌いらしい。
しかし、そんな助言も教授によって意味をなさないものとなってしまった。
「おやおや、まだ私を恨んでいるのですか? あれだけ競い合った仲ではありませんか」
少しおどけたような様子でそう話す教授。
「本当に、本当に、腹立たしいやつですわね。貴方は!」
ものすごく強いと思っていた瑞歌さんに、まさかのライバルがいた。
てっきりお婆様くらいにしか負けなかったのでは? と思っていたので、別の意味で驚きだった。
「あの、教授は、ここで、何を?」
なんだかしどろもどろになりながらなんとか質問をする。
教授を見てると妙に緊張しちゃって困るんだよね……。
「ふ~む。いい質問ですな。それこそ、まさに、我々が長年研究していることなのです。しかし、新たな発見も得られず、そろそろこの世界にも飽きていたところでしてな」
教授は芝居がかったようにそう話すが、ボクの質問には答えていなかった。
「そのいい加減うんざりする遠回しな言い方はやめてはいかがですの?」
「いやはや、これは癖でしてな。まぁ単純に言うなら『世界の研究』ですよ」
瑞歌さんに促されたからか、教授は目的を吐いた。
あぁ、なるほど、そういうことですか。
「教授がやりたいことがわかりました。それで、その資格を得てどうしたいんですか?」
やり方次第ではひどいものが出来上がるだろう。
それだけは絶対避けたい。
「別に、非人道的なことをするつもりはありませんよ? どんなに高度な文明を築いても、どんなに空間を超越しても、永久に解決しない最大の難題。これを解決したいだけなのです。しかしそれは、色々なものを生み出す原動力にもなる。宇宙が、世界が、何もない状態でどうやって生まれたか、気になりませんか?」
どうやらこの教授という人物は、根っからの研究者だったようだ。
そこまで話しても熱弁は止まらない。
「我々は世界を生み出せなかった。宇宙が生まれるだろう実験を何度も何度もやってみましたが、何の成果も得られませんでした。理外に出て、世界の姿を直接垣間見た今でさえ、解き明かせない。理外とは何なのか、混沌とは何だったのか。すべての母なる物だと仮定していたのに、そこにあったのは粒子の溜まった海のようなものだけだった。どう力を加えても何1つ動かない。こんなに度し難いことはありません。まぁもちろん、契約していただけるというならば、我々は無法な真似をしないと誓いましょう。消滅の誓約をしてもかまいませんよ」
「世界を創造している実験部隊というのには、会いに行かなかったんですか?」
前に聞いた神群の実験部隊の話を切り出した。
しかし手ごたえは微妙だった。
「彼らの世界はすぐに消えてしまうようなものばかりです。神が生まれなければ消去消去消去。これでは話になりません。しかも彼らは我々【研究所】に興味を示さない。あれではどうにもなりません」
どうやら教授の望む成果を得ることはできなかったようだ。
「わかりました。いいでしょう。ですが、決してボクの意に反さないように」
「えぇ。えぇ。重々承知しております」
「えっと、教授一人だけでいいのですか?」
ボクがそう尋ねると、教授は嬉しそうに言った。
「私一人が受けることで【研究所】全体が組み込まれるので問題ありませんよ。ささ、お願いします」
教授はすごくにこにこしている。
「はい。では、ボクの血を一滴だけ口に含んでください」
眷属化を行い、誓約を立てる。
これにより、彼らはボクの支配下に収まることになる。
「おぉ……おぉ! これは、素晴らしい!! すべてが今、繋がりました!! しからば今は一度失礼を。すぐに主殿の新世界へ向かいましょう」
眷属化を行い、神格の一部を得た教授は嬉しそうにそう言うと、そそくさと姿を消してしまった。
正式な神格の付与は新世界でやることになるだろう。
教授が消えてしまった後に残されたのは、金属の床の空間ではなく石造りの神殿風の部屋だった。
中央に台座があり、欠けた黒い球体が宙に浮いている。
「どうやら空間を捻じ曲げて繋げていたようですね」
「教授のやりそうなことですわ。大方、この半壊したダンジョンコアを利用して創造実験を試みていたのでしょうけど」
どうやら教授はこの宙に浮いている欠けた黒い球体を使って世界を作る試みを行っていたらしい。
そもそも、ダンジョンコアにはそういう力があるのだろうか?
なんとなく気になったのでコアを触ってみることにした。
コアはひんやりと冷たく、表面はつるつるとしている。
しかし何かがまとわりつくような感覚もあるので、完全に力を失ったわけではないようだ。
じっくり触りながらコアを調べていく。
するといくつかのことが分かった。
まず、このコアというものはは魔素の集合体だった。
そして作り出す空間は疑似空間であり、魔素で一時的に作り出しているに過ぎないようだ。
つまり、教授がやっていたことはまったくの無駄だったということになる。
でも、その疑似空間の作り方だけは持っていったようだけど……。
「このコア、もしかしたらほかのことにも使えるかもしれませんね」
なんとなく気になったので、さっそく試してみることにした。
つまり、魔素の集合体をエーテルの集合体に変えてしまおうというのだ。




