第89話 教授
ダンジョンは異世界の醍醐味です。
ミリアムさんが言うには、ボクたちが降り立った場所はダンジョン化した古代遺跡だという。
だとするなら、盗賊たちはここから財宝を回収していたと思われた。
となると、まずはこの遺跡について調べる必要があるかもしれない。
「建造物の周囲には何もないですね」
外周には奥へと続く横穴があったが、その先は行き止まりや身を低くしても入れないほどの狭い空間があるのみだった。
これだけを見ると完全に天然の洞窟のように見える。
「縦穴横穴行き止まり。どうやら完全に埋まっているようですね」
これだけ探しても見つからないということは、入口はやっぱり小屋の中なのだろう。
「主。扉の奥に小さな部屋がありました。床板の一部を外してみると階段が出てきました」
「さすがミリアムさんですね。ところで瑞歌さんは何を?」
見てみると、瑞歌さんは周囲にある武具の1つを手に取り、じっくり見ていた。
「これはあのクズどもの武器ですわね……。となると、この盗賊を率いていたのがクズどもか、もしくは盗賊をここに導いたのがクズどもかのどちらかになりますわね」
どうやら瑞歌さんは何か知っているものを見つけたようだった。
「遥お姉さま。特に問題はありませんが危険な罠が仕掛けられている可能性がありますわ。十分気を付けてくださいまし」
瑞歌さんはボクの方に向き直ると、真剣な表情でそう忠告した。
「わ、わかりました」
瑞歌さんの言うクズども。
間違っていなければ理外の者たちだ。
つまり『亜神』のことになる。
「クズどもの目的は神に成り代わることですわ。そういう意味ではフェアリーノームたちの言うように、『亜神』という言葉は正しいかもしれませんわね。遺跡のクズどもの痕跡があるということは、いやらしい罠があるということですわ」
苦々しい顔をしつつ瑞歌さんはそう言った。
それにしても、もうポンコツって呼ばなくなったんですね。
言うと拗れそうなので黙っておくことにした。
「遺跡へ行きましょう」
そうしてボクたちは遺跡へと降りていくことにした。
◇
洞窟の中も温度は低めだったが、遺跡の中はさらに温度が低いように感じる。
周囲は光の球に照らされ、きれいに整えられた石レンガの壁や床が顔を見せていた。
松明をかけたような跡はあるものの、床面に残骸が散らばるのみ。
魔物らしき姿も未だに見えない。
「魔物が出るかと思いましたが、全く出ませんね」
周囲の気配を探るが魔素は溜っているものの魔物の気配は感じられなかった。
ただ、もっと下の階に大きな力の反応があることがわかった。
力の方向からして悪意は感じられない。
「下の階に何かの力を感じます。悪意は感じられないといいますか、歓迎しているように感じます」
悪意のある力は寒気を感じたり圧力を感じたりするのだが、今感じている力は抱擁するようなそんな感じの力だった。
どうやら何者かがボクたちを呼んでいるようだ。
「ダンジョンに巣くう何かですね。ダンジョンの支配者かと思われます」
「入口の武器、私たちを歓迎する何か。臭いますわね」
「いつでも援軍は頼めます。今は慎重に先に進みましょう」
しばらく歩くと階下へ続く階段が見える。
その先にはただ暗闇が広がるばかりだ。
「降ります。みんなも注意してください」
頷く5人を見ながら階下へと降り始めていった。
階段の下はまた別の空間になっているようで、今度は階段から上の階が暗闇に包まれてしまった。
どうやらダンジョン化した古代遺跡は、それぞれの階層が独立してしまうようだ。
第二階層へ降りるとそこには戦闘の痕跡があった。
少し古い痕跡なので今さっきの話ではないようだ。
「戦闘の痕跡って残っているものなんですか?」
漫画や小説などではすぐに消えるような表現があるが、ここにはそのまま残っていた。
「ダンジョン自体を修復しなければ残ります。常に自動修復をするなど無駄もいいところですので」
ダンジョン修復には何らかのリソースを使うのだろう。
確かにそう頻繁にやることでもないのかもしれない。
「痕跡を見ますと、盗賊たちが何度もここに挑戦していたことがわかりますわ」
たくさんの戦闘痕を見るに、苦慮していたことが伺えた。
あれだけの財宝を獲得したのだから、もっとスムーズにいくと思うんだけど……。
「壁に打撃痕と深い溝がありますわね。斧か何かのようですわ。戦闘が下手だったのかしら」
相当暴れたか相当戦闘が下手だったかのどちらかだろう。
「それにしても相変わらず魔物がでませんね」
「どうやら本当に忖度しているようですわね」
「完全に接待されていますね」
ミレたちを見やるも、さっぱりという表情をしていた。
「いいです。進みましょう」
そのまま1階と同じような作りの通路を進み、小部屋なども無視しつつ階段を探して突き進んでいった。
それからほどなくして階段が見つかったので、ボクたちはもう1つ下の階層へと降りていく。
しかしそこに広がっていたのは、今までのような石造りの遺跡ではない別の何かだった。
「なんですかここ。金属の床?」
ボクは足元の感触を何度も何度も確かめた。
何回やってもカンカンという、金属の音がする。
どう考えても人工物だ。
「これは……。何でしょうか」
ミリアムさんは眉をひそめながらそう呟いた。
ミレたちも同じように疑問を感じたようで「あれ?」と言わんばかりの顔をしている。
どうやら4人とも見当もつかないようだった。
ボクとしては研究所か船のような何かじゃないかと思っているけどね。
そんな中、瑞歌さんだけが嫌そうな表情をしているのが見えた。
「瑞歌さん、どうしたんですか?」
僕がそう話しかけると、瑞歌さんはこう言った。
「すぐに帰りましょう。ここにいては非常に面倒なことになりますわ」
「えっ?」
「それは非常に困りますね~? せっかく空間を捻じ曲げて招待したというのに」
瑞歌さんがそう言った直後、突然そのような声が響き渡った。
おぞましい気配と一緒に。
「ちっ。嗅ぎつけるのが早いですわよ。【教授】」
瑞歌さんが舌打ちし、そう言うと同時に目の前の空間が歪んだ。
そして歪みから現れたのは、一体の白衣を着た骸骨だった。
「【混沌の狐】を内包した新たな神。実に素晴らしいじゃないですか~。つまり我々の研究もいよいよ実る時が来たというわけですね~」
骸骨はカタカタと笑いながらそう言った。
「ちっ」
「それに貴女自身も神性を得た。理外の者である貴女が! いやはや、理外で研究し続けた甲斐があったというものです。しかし、どうやったのかはおおよそ見当がついていますが……」
瑞歌さんの舌打ちを物ともせず、骸骨はその虚ろな眼窩をボクの方へ向けた。
「私ともぜひ契約していただきたい。指示にはもちろん従いますよ? それに、我々の研究の成果もお譲りしましょう」
教授と呼ばれた骸骨は、ボクにそう提案をしてきたのだった。
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