第188話 閑話 北の神群
「叔父様、本当にここにいらっしゃるのですか?」
「あぁ、そうらしい。父の兄の孫娘が最近現れたそうだ。猟師ギルドからの情報だから間違いはないだろう。白狼の件もあるしな」
「あの白狼ですか。お父様の眷属であったのに離反するなど」
「だが仕方あるまい。あやつは反対だったのだ。反対しているものを無理矢理納得させても禍根が残るというもの」
「ですが……」
私は父フェンリルは北の神群でも武闘派の神の一柱です。
そんな父フェンリルは人類から魔狼であるとか神狼であるとか賢狼などと呼ばれています。
なぜそのように呼ばれているかというと、普段は人の姿をしていますが、地上に顕現する際は巨大な銀色の狼の姿をとるからです。
なので、父は狼の姿で表わされることしかありません。
そんな父の娘である私にも狼へと姿を変える能力があります。
そのせいかはわかりませんが、頭の上に狼の耳が生えています。
「皆まで言うな。移住の件は必要なのだ。実際に世界を見せて分からせてやりたかったのだ」
「そう、ですね。しかし、本当なのでしょうか。新世界など」
私たち北の神群と呼ばれる一派はこの世界の創造主たるアリオス様の親戚筋で構成されています。
アリオス様とその子供たちがこの世界の主たる神であるなら、私たちは地方を担当する補助的な神という位置づけです。
実際、私たち以外にも各地にその地方の管理を担当する地方神が存在しています。
そんな地方神である私たち北の神群は、最近出て来たとある話題に興味を抱いていました。
神やそれに連なる者たちが自由に過ごせる新世界が誕生したと。
「うむ。てっきり我らも持っている別の領域と同程度のものかと思っていたのだが違うようだ」
「違うと言いますと?」
私の問いかけに、叔父は一呼吸おいてからこう言いました。
「宇宙そのものを作り上げたと」
「宇宙を? 創造神の領域ではありませんか」
驚きの話です。
いくらアリオス様の孫とはいえ、そのようなことが簡単にできるのでしょうか?
にわかには信じられません。
なぜなら、神の権能はたとえ役職を引き継いだとしてもすべて引き継げるものではないからです。
なのに創世の能力すらすでに持っているとなると、最初から可能だったということになります。
「子ではなく孫に発現するとは我も驚いているのだ。神であるならいずれは己が領域を作る力を会得するものだが世界までは作れぬ。創造神から創造神は生まれぬ」
叔父の話すことは正しいです。
なぜなら創造神から創造神が生まれるということは、今まで創造神だったものが創造神ではなくなるからです。
創造神は常に一柱なのです。
「では、ほかに要因が?」
「うむ。今は亡き、アリオス様の二人目の妻。葛葉様が原因ではないかと考えておる」
「葛葉様ですか……」
私は直接は知りませんが、アリオス様の二人目の妻である葛葉様は異界の神に連なる者だと聞きます。
どのような神で、どのような方なのか全くの不明なのです。
「叔父様はお会いになったことが?」
私がそう問いかけた瞬間、叔父はぴたりと動きを止めて固まってしまいました。
一体何があったのでしょうか?
「ある。が、話す気にはならぬ。あの方には従来の神の力は通じぬ」
そう話す叔父は若干震えているようにも見えました。
勇猛果敢な叔父が怯えるとは、一体どんな方なのでしょうか。
今は亡き、というからにはすでに存在はしていないのでしょうが気になります。
できれば一度でもいいのでお会いしてみたいところです。
神々の楽園に行けば会えるのでしょうか?
「そうですか。では仕方ありません。とりあえず人探しの依頼を出しましょう。このアルテの猟師ギルドであれば見つけやすいかもしれませんので」
「うむ。そうするとしよう。すまぬが姿かたちを我は知らぬ。アリオス様もその子供たちも教えてはくれないのだ」
「そうなのですか? なぜ隠すような真似をするのでしょうか。何かヒントはないのですか?」
「会えばわかるとは言われておる。あとは『可愛らしい』とのことだ」
「は?」
ごつい見た目をしている武闘派の叔父の口から奇妙な言葉が飛び出しました。
そんな『可愛らしい』だけで見つけられるわけがないじゃないですか。
一体どのような理由でヒントと言っているのでしょうか。
そうして私たちはアルテのギルドに入りました。
「ようこそ、ドルガー様。お待ちしておりました」
「ヒンメスか。白狼の件、ご苦労であった」
「いえ、お力になれましたこと、光栄に思います」
アルテの猟師ギルドに入るとすぐにギルドマスターであるヒンメスが出迎えに現れました。
「テューズ様は相変わらず愛らしいですね。さて、ここではなんですので執務室へご案内いたします」
「お世辞は要りません。案内頼みます」
「姪は愛らしいからな。ヒンメスよ、分かっておるではないか」
「ははは。さ、こちらへ」
こうして私たちはヒンメスに案内されるままギルドマスター執務室へと向かいます。
私たちが去る瞬間、ギルド内が少しざわめいたようで少しうるさかったのが気になりますが。
さて、新たな依頼の件、どう伝えたものでしょうか。




