第185話 やってきた転移者2
旧世界側開拓地には何やら小さな小屋が建っていた。
構造としては穴を掘って石を敷き詰め柱を立ててほどほどの大きさ枝を壁材にしていく製法のようだ。
ブッシュクラフトで見たことのあるような作りだ。
ちぎれたような枝の後を見るに石斧で作ったのだろうか?
「あれ? お嬢さん、こんなところで何してるんですか?」
不意に声をかけられたので振り向くと何やら動物のようなものを担いでいる人間の男性がいた。
背格好はごく普通の日本の青年という感じだろうか。
短髪のシャツとスラックス姿がよく似合う男のの人だった。
落ち着いた雰囲気から察するに転移の際に若返ったりしたのだろう。
「こんにちは。ボクは御神楽遥と言います。近くにある青肌一族の村の近隣に住んでるんです」
「あぁ、これはどうも。俺は山田正と言います。遥さんのようなファミリーネームはこのあたりでは一般的なんですか?」
どうやら山田さんはボクの名字に興味を示したようだ。
ここは誤魔化しても仕方がないのでありのままを伝えよう。
でも、一部はごまかすけど。
ちなみに今は人間の少女に変化しているので妖狐の姿ではない。
「いえ、ボクは異世界からの転移者なんです。日本から来ました」
「本当ですか!? 俺も日本から来たんですよ!」
「あ、あわわわわ、おち、おちついてください」
よっぽど嬉しかったのか抱え上げられてブンブン振り回されてしまった。
ふわふわ浮いて足がつかなくてものすごく怖いんですけど!
「あぁ、ごめんなさい。ようこそ、歓迎するよ!」
「ありがとうございます。ところで狩りをしていたんですか?」
山田さんが担いできた獲物らしきものを見ながらそう尋ねると、山田さんはこれみよがしに見せてくれた。
動物は鹿だった。
「罠にかかっていたんで肉にしようと思ってね。この世界はどうかわからないけど野生動物は寄生虫が多いから」
「なるほど」
「ちょっと処理するから、見るのが嫌だったら耳を塞いで後ろ向いててね」
「わ、わかりました」
そのままボクは鹿が開かれ血抜きのために吊るされる工程の一部始終を見学した。
どうやら心臓が動いているうちに動脈を切ってやらないとだめらしい。
割とグロい。
そういえばミレたちも同じことやってたっけ。
「あとは血液が全部出るのを待つっと。でもこうなると食べるものがないんだよね。安全そうな木の実といえばこのどんぐりっぽいやつだけかな」
そう言って山田さんが出したのはミズナラ系の木っぽいどんぐりのようなものだった。
そういえば古代にはこれで料理を作ったという話を聞いたことがあるような……。
「よく見つけましたね~。どんぐりといえば色々な物が作れる万能素材って聞きました。でも手間がすごいとも……」
「よく知ってるね~。そうなんですよ。昔はこれでお菓子を作ったりしましたよ。でも数が足りないのであまり作れないかも? 石臼もないですしね」
山田さんはやや残念そうにそう話す。
どんぐり粉というのがあるらしいので、それを作りたかったのだろう。
このままなんとなく見守ってるのも面白そうだけど、ミレたちを置いてきているのでそんなに長居はできない。
「石臼なら確かあったと思いますけど、必要なら持って来ましょうか? 自分で作るのも大変でしょうし」
「本当か!? それはありがたい! あ、でも重いよね?」
「いえ、運んでもらうので大丈夫ですよ」
どことなく心配そうな山田さんは置いといて、ボクはフェアリーノームを呼ぶ笛を吹いた。
旧世界では音の鳴らないこの笛の音はフェアリーノームを呼び寄せる。
笛を鳴らして少し後、突如周囲の空間や草むらから小さな女の子たちが続々と現れた。
手には各々武器を持っているのがちょっと怖い。
「えっ? この子たちは一体どこから!?」
取り囲まれる山田さんと、山田さんとボクの間に壁を作るフェアリーノーム。
どうやら何やら勘違いしているようなので誤解を解くことに。
「えっと、こちら転移者の山田さん。石臼が欲しいそうなんで持ってきてほしいんですけど」
ボクがそう言うとフェアリーノームの一人がびしっと敬礼をし、その場から消えてしまう。
どうやら石臼を取りに行ってくれたらしい。
ただ、ボクが事情を説明してもフェアリーノームたちは警戒を解かない。
なんならボクにひしっと抱き着いてまでガードしてくる始末。
「え~っと、よくわからないけど、俺は警戒されているようだね。一応、言葉は通じるんだよね? まだこの世界に来てから人と出会ったことないから自信ないんだけど」
山田さんは心配そうに話す。
そういえば山田さんたちの言葉は通じてるのだろうか? ボクの場合はなんとなく通じていたけど。
「みんなは山田さんの言葉がわかりますか?」
ボクの問いかけに頷くフェアリーノームたち。
どうやら言葉は通じるようだ。
よかった。
もしかしたら転移の関係で言語関連のスキルか何かを貰っているのかもしれない。
「とりあえず、俺はどうしたらいいんだろうか」
山田さん、絶賛困惑中。
なのでちょっと助け船を出す。
「えっと、みんなちょっと警戒しているだけなので大丈夫です。それよりもこの子たちや近くにある青肌一族というゴブリン種の村の村人とは取引ができますので、ここで暮らすのに必要なものがあったら頼るといいと思います。開拓したりするのにも必要でしょうし」
「本当か!? だとしたらすごく助かるよ。誰もいない森だったらどうしようかと思っていたんだ。とりあえず転移させてくれた神様はここで村を作れって言ってたからね。開拓の第一歩としては十分かもしれない」
「それならよかったです。獲物とかと物々交換もできますのでたくさん取引してください。金属系の道具も取り扱ってますしね」
ボクの情報は山田さんの役に立ちそうでよかった。
とりあえず村にはボクの方からあとで伝えておこうと思う。
これで開拓が捗るといいんだけど。
「あとでみんなには伝えておきますので、誰かしらこちらに来ると思います。肌は青いですが少し身長の低い人族と思ってください」
「あぁ、ありがとう!」
山田さんは嬉しそうにお礼を言ってくれた。
またここにきて様子を見てみようかな。




