第153話 軟膏と美容クリーム
軟膏、それは塗り薬のこと。
成分は色々だが、主に保湿効果の高いオイルと植物性バターやミツロウなどを混ぜて作られる。
賛否両論ある手作りリップクリームやハンドクリームを作る際にも用いられるので、ネットで調べるとすぐでてくるだろう。
たとえば、【ホホバオイル】と【シアバター】や【ミツロウ】などがよく使われている。
「旧世界側では【ヘマの木】という樹木から【ヘマ】という植物油脂を取り出して作ることが多いです。この【ヘマ】は常温では固形の状態になりますが、肌に塗ると融けます。【ヘマの木】自体は早く育つため、【ヘマ採取農家】が日夜採集して小銭を稼いでいます」
軟膏の作り方などは良く知らなかったが、調べてみるとなるほど、面白い! と思った。
そういった経緯もあり、旧世界での軟膏作りについて尋ねたところ、ミレからそのような話が出たのだ。
「だとすると【ヘマ】を採集する農家さんは儲かっているんじゃないですか?」
ボクはそんなことを思い、質問をする。
しかし、返ってきたのは『いいえ』という言葉だった。
「通常ですとそうかもしれませんが、【ヘマ】はすごく臭いんです。そのおかげで全く人気がありません。魔物の【オイルウッド】を倒すほうがよっぽど質のいい油脂を手に入れられます。ですがこの魔物は人間たちからすると強いほうなので安易に手は出せません。それにそのことを知っているのは私たちかエルフやドワーフなどの亜人と呼ばれる者たちくらいですから」
旧世界で質のいい植物油脂を手に入れるのは中々に難しいようだ。
もしかしたら他に良いものがあるのかもしれないけど、調査する余裕がないのだろう。
「それと【ミツロウ】については生産数が少ないのであまり用いられていません。貴族用くらいでしょうか? あとよく用いられるオイルですが【ソシエ草】という草花の種子が使われることが多いですね。生産農家もいますが、野生のほうが質がいいようです」
「はぇー……」
ミレの話を聞いていると、何となく頭がぼーっとしてきてしまった。
どうやらボクには難しい話のようだ。
しかしなんとなく問題点が見えて来たぞ!!
「話を聞く限り、軟膏にも問題しかないようですね。素材もそうですけど栽培方法も採集方法も」
「はい。軟膏と言えば、先日アズラエルさんが素晴らしいものを見つけて来たようです」
「アズさんが?」
「はい。【アミス】という名前が付けられた草ですね。種子から良質なオイルが抽出できるようです」
アズさん、まさかのお手柄である。
「それとマルムさんたちとフェアリーノームの合同調査で見つかった【ササラ】という木と【クメル】という木ですが、こちらは両方とも【ヘマ】のようなものです。常温では固形の植物油脂が採集できます。ただ【ヘマ】と違うのは、あまり臭いを感じさせないことでしょうか。それにどちらも上質なものが得られます」
「へぇ~……」
さっきから思っていたけど、ミレはなぜだかすごく詳しい気がする。
もしかして、自作していたり?
「ミレってこういう美容用品好きですか?」
ボクがそう問いかけた瞬間、ミレの動きが止まった。
すると次第に顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「い、いけませんか?」
「いけないなんてことはないですよ? ただ自作してそうだな~と」
「!?」
なんとなく感じたことをそのまま伝えると、ミレは驚いたように目を見開いて固まってしまった。
どうやら正解だったようだ。
「どうせですし、美容クリームやよく効く軟膏を作りましょう。化粧品もいいと思いますし。旧世界側に出せるものもあるでしょうから」
「そ、そうですね! わかりました。すぐに指示します」
ミレは慌てたようにそう言うと、テレパシーで指示を出し始めたのだった。
「それにしても軟膏かぁ。旧世界側にも質のいい素材ありそうだけどなぁ……」
「あるにはあります。例えばあちらにある拠点周辺にも良い薬草がありますし、軟膏などにも使える植物も自生してますね。大抵聖域や神域と呼ばれる場所付近に多く自生していますので、そういう場所ほど質のいい植物が育つのかもしれません」
「たしかに、それはあるかもしれませんね」
ミレの言うことも一理あるかもしれない。
ほかの種族たちが消費しすぎている何かのせいで、植物の生育に影響を与えている可能性もあるのだ。
だから人の少ない場所では質のいい植物が育つのだろう。
「エルフの軟膏やクリームは王侯貴族にも人気がある一品ですね。質が良く効果も高いとか」
「え、エルフ種族ってもしかしてお金持ちですか?」
「はい。ヒンメスというハイエルフとかもそのようですよ。あれでいてその辺の王族より地位が高いですから」
「ふはっ」
あのヒンメスさんが王侯貴族より地位が高いと聞いて、思わず吹き出してしまった。
あー、面白い話だった。
「主様? 笑い事ではありませんよ? そういった事情がある以上、あのハイエルフに目を掛けられている主様は注目されて当然なんです」
「あ、そ、そうですね……」
そういえばギルドでの雰囲気は少しおかしかったかも? 今更かな?
「とりあえず軟膏やクリームについては徐々に生産していきましょう。テスターを作ったらヒンメスさんにテストしてもらいましょうか」
「さっそくお偉い方を実験台にされるのですね?」
「ミレ、言い方」
ミレはたぶんヒンメスさんが嫌いなのかもしれない。
というか男性自体苦手っぽいところがあるようだ。
フェアリーノームという種族の特有の問題なのかもしれない。
「じゃあ次はオイル関係を考えましょうか」
「はい。アンカルの街でも【オイル】関係の専門店はあります。たとえば【香油】や【アロマオイル】とかですね」
「意外と贅沢品というか、嗜好品の類がそろってますよね。アンカルの街って」
「長く存在している街ですから」
アンカルは街といいつつその実態は国のようなもののようだ。
まぁフェアリーノームが長く生きる分、アンカルの街も長く存在するのは当然のことかもしれない。
「こうして今ボクたちがやっている作業も、ほかの職人さんたちが率先してやり始めるのでしょうね」
ふとそんなことを考えてしまった。
でもそうやって街が育ち、世界が育っていってくれればボクは嬉しいと思う。
「そうですね。そういえばオイルとは関係ありませんが、貨幣鋳造局を立ち上げてあります。今後の世界間取引に必要になると思いますので」
「あ、それすっかり忘れていました。今は現物取引が多かったんですよね?」
「はい。妖都からは妖都の通貨が入ってきていますが、現物取引が多いですね」
「妖都紙幣って初めて見たとき、お札かと思いました」
ボクは持っていないのだが、妖都には日本円のような形の通貨が流通している。
特に紙幣には複雑な文字が刻まれていて、偽造防止の効果を担っている。
その他には、偽造者発見、追跡できるようにもなっているらしい。
なので、初見だとお札にしか見えないのだ。
「おう、お前らここにいたのか」
「二人して何を話しておるのかのぅ?」
「お婆様と酒呑童子さん」
ボクたちが長く話し合っていると、お婆様たちがやってきたのだ。
「美容関連商品の打ち合わせと素材の話をしてました。あと妖都通貨の話も」
決定した話も含め、みんなにそれを伝える。
するとお婆様は軟膏やクリームに興味を持ったようだ。
「なるほどのぅ。よし、わしも作ろうかのぅ。それも手加減なしのすごいやつをじゃ」
「あんま荒らすなよ? やるならせめて数量限定にしろ」
「何を言う、世界の富を根こそぎ奪うのじゃ」
「お婆様? 数量限定にしてください」
「わかったのじゃ」
「こんのクソ狐」
やる気を出すお婆様とそれを制しようとする酒呑童子さんの会話も面白いけど、やりすぎは良くないと思います。
「じゃあ次の話です」
こうしてボクたちは次の商品の話へと移るのだった。
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軟膏の作り方とか調べてましたが、なかなか面白いですね。
ただ、手作りの商品というのはテストされていない商品でもあるのでくれぐれもご注意ください。
特に自作の薬とかは危険ですよ?




