第144話 教授の世界
教授たちは石造りのドーム状の建築物を虚空から取り出すと与えられた場所に設置した。
かなり大きめのドームだが、とても大規模な研究が行われているようには見えない。
すると教授は石造りの扉を開いて、ボクたちを招き入れた。
「あれ?」
なんと扉を抜けた先には広い平原と青空が広がっていたのだ。
そんな平原の真ん中に一本の土の道が続いている。
「え?」
てっきり空間拡張でもしてるのかと思ったけど、新鮮な風が吹いているのを感じるし降り注ぐ陽光は暖かい。
明らかに生きている空間だ。
「ふふ。驚いていただけましたかな? まぁ色々苦労はしましたが1つの銀河系を作ることには成功しましてな。その中で良さそうな惑星をチョイスして研究惑星としたわけです。小さいながらも銀河を作ることに成功したのは快挙ですぞ!!」
教授はどことなく嬉しそうに髑髏をカタカタ鳴らして笑っている。
てっきり平面世界を作る練習しているのかと思ったら、宇宙を作っちゃったんだ……。
「空間拡張、小さな世界の生成、これらはダンジョンコアを解析してわかっていたのですが、いざ作るとなるとなかなか難しく成果も全くでなかったのですよ。それが主殿の配下になってすぐに理解できたのです。我々の今までの研究は一体何だったのか」
教授はそう言うと、しゅんと肩を落としてしまった。
どうやらダメージを受けてしまったようだ。
「今までの研究があったから小さくても宇宙を作れたのでは?」
「そうじゃのぅ。おぬしたちの研究がなければこのような世界は作れんかったじゃろう。今までの研究の成果を誇るがよい」
「そ、そうですかな? こほん。今後は作った宇宙を軽く見て回るつもりです。さて、この道をまっすぐ行くといわゆる村がありましてな」
気を取り直した教授はボクたちをその村へ案内するために歩き出した。
◇
道の先には小さな村があった。
でも誰もおらず、しかし建物は新しい。
そんなおかしな村だった。
「この村は?」
周囲を見渡すもやはり人の気配などない。
人類種の存在しない世界なのだろうか?
「あぁ、この村はですな、スケルトン族とレイス族を住まわせております。まぁ言ってみれば幽霊村といったところですな」
教授はおかしなことを言い始めた。
スケルトン族にレイス族ってなんだろう?
「魔界の集落に住む一般的な住民じゃな。たしかハーンの世界じゃったか」
「その通り! あの場所は正確には魔法界というのですが、スケルトン族もレイス族も別に怨霊というわけじゃないのです。彼らは人間たちが魔術を極めて転生した姿なのです。まぁそんな彼らにはここで過ごしてもらって住み心地を調べてもらっております。まぁそれ以外にも研究の手伝いを頼んではいますが」
見た目が同じ骸骨同士気が合うのかもしれない。
ともかく、夜に見たら驚きそうなのでせめて灯りだけは点けていてほしいかな。
「では、このまま村を抜けて先へ行きますぞ。この先に古き良きSLがありますでな」
教授はウキウキした様子でそう話す。
ところで、なんでSLなんだろう?
「このくそ骨は昔から趣味が変わりませんのね」
「そうじゃのぅ。地球でいうところの産業革命時期のアイテムをそろえる趣味は変わっておらぬようじゃな」
「ほっほ、革新的な技術も大切ですが、やはり産業が大きく飛躍した時期というのは魅力に溢れておりますからなぁ」
教授の趣味を知るお婆様たちは懐かしむように教授についてそう語った。
もしかすると教授はスチームパンクとか大好きなのかもしれない。
「まさかと思いますけど、動力源を蒸気でタービンを回したりして賄ってたりします?」
ボクが何となくそう尋ねると、教授の動きが止まった。
「今、なんと?」
「え? あ、いえ、蒸気とか使ってるのかなぁと思っただけです。はい」
「主殿、幼き見た目からは想像もできないお方ですな。何ゆえ私の趣味をご存じで?」
「いえ、話の流れ的に……」
どうやらビンゴだったようだ。
「これは愉快! そうです、まぁ大動力を得るにはいろいろ工夫が必要ですが蒸気を使って色々賄っております」
そんな話をする教授を見て、ふとあることを思い出した。
「そういえば、旧世界の方なんですが、教授たちと出会った世界ですね。アルテ村北方に古代神殿跡があったと思うんですが」
そう言った瞬間、お婆様の方から妙な圧を感じた。
「あそこですな。最初は配管に蒸気を通して使っておりましたが、ゲートを開くには十分ではなかったので水晶からエネルギーを得るようにしたのですよ。まぁ、盟主殿にはいい思い入れはないでしょうが」
首を竦めて教授は言った。
ボクは恐る恐るお婆様の方を見る。
「あの馬鹿どもは、わしを呼び出してすぐに従えとうるさく言っておったのぅ。懐かしいことじゃが、やはりあの遺跡は潰しておくべきじゃろうな」
「えぇ。遥お姉様の許可が出次第潰してまいりますわ」
「遥はあの遺跡を何かに使いたいのかのぅ?」
不穏な気配を漂わせるお婆様だが、ボクにかける言葉は優しい。
「しいて言うならゲート部屋の造形だけは気に入ってる感じです。潰すかはもうしばらく待ってもらってもいいですか?」
「うむ。遥がそう言うならわしに異論はない」
「お姉様、ちょろいですわ」
一時は不穏な気配を漂わせていたお婆様だがけど、あっさり陥落した。
瑞歌さんにすらちょろいって言われてるんですが……。
「お母様、もし潰すならあそこのコアは持ち出してほしいです」
「ほしいのですか? 瑞葉」
「はい」
「おぉ、瑞葉がそう言うならコアは持ち出そうかのぅ」
「お姉様たち、ちょろいですわ」
ぐぬぬ、ついにボクまで瑞歌さんにちょろい認定されてしまった。
解せぬ。
「さ、SLに乗って小旅行と行きましょうぞ。この先に研究所がありますゆえな。昔話はその時にでも」
「あ、はい」
「そうじゃのぅ」
「はい!」
さっそくボクたちは教授の愛車でもあるSLに搭乗したのだった。
◇
「で、あの遺跡って結局なんだったんです?」
なんとなく気になったので、あの遺跡について尋ねてみた。
「あそこは召喚所じゃな。上手くいけば隷属させて文明の発展に利用しようとしておったんじゃよ。結論から言うと、わしが滅ぼしたのじゃ」
お婆様は何でもないことのようにそう教えてくれた。
そうですか、滅ぼしましたか。
「そこそこ栄えていた文明でしたのに、外部の者との対話手段が威圧と選択だけなんですもの。滅ぼされて当然ですわ」
瑞歌さんもどことなくお怒りのご様子。
「あのあほうは特には教えておらなんだようじゃが、結構な数の文明が生まれては滅んでおるのじゃよ? 大体は傲慢と強欲の結果じゃが」
「そうですわね。誰彼より豊かになりたい、権力を持ちたい、領土を広げたいなどなど、キリがありませんわ」
お婆様の言葉を補足するように瑞歌さんが続けて付け加えた。
どうやら無茶苦茶なことを言って滅ぼされるというのが常態化しているようだ。
よくあの世界が滅ばなかったと思う。
「幸いにも地球はまだ大丈夫なようじゃがのぅ。まぁわしの故郷でもあるしのぅ」
「あそこを滅ぼすとしたら私たちではありませんわね」
「あそこには高位次元からの来訪者が時折来よる。まぁ、やつら次第かのぅ」
と、突然お婆様たちが不穏なことを言いだし始めたのだ。
そんな情報を簡単に出していいんですか!?
「でも、遥お姉様は彼らと並ぶほどの才能を持っていますわよ?」
「確かにのぅ。この力は本当に不思議じゃからな」
そう言うとお婆様はまた陽光から粒子を生み出してみせた。
「おぉ!? そ、その素材は何ですかな!?」
「うるさいのぅ。おぬしは黙って運転せい」
「後で説明して差し上げますわ」
新素材に敏感に反応した教授だが、お婆様に一蹴された挙句運転を強制されてしまっていた。
ちょっとかわいそうかもしれない。
教授、がんばって。
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