第143話 お婆様と教授
新世界と妖精郷、そして高天原を繋ぐ3つのルートが開通することになった。
最初の目標は日本と異世界の往復だけだったのに、気が付けばそれ以外の世界とも接点を持つことになった。
とはいえ、これはボクの功績というわけじゃなくて、元を辿ればすべてお婆様の功績と痕跡のおかげなのだ。
ボクは改めて思う、お婆様ってすごかったんだなと。
「ということがあったんですよ」
今までの物語をボクは目の前の人物に語る。
目の前の人物は嬉しそうに、そして愛おしそうに目を細めてボクの話を聞いていた。
「多少は見ておったが、思えばなかなかの冒険をしておるのぅ」
ボクの目の前には、出来たばかりの、ボクと瓜二つの姿をした少女が座っている。
年齢も同じくらいになっているはずだが、どこか妖艶さを感じさせる雰囲気を纏っている。
「それで、どうですか? 多少はマシになりましたか?」
薄手のワンピース一枚だけ着用して、そのほかには何もつけていない少女は、身体のあちこちを確認しながら嬉しそうに笑っていた。
「うむ。前の身体よりも馴染む気がするのぅ」
前の身体についてはわからないけど、気に入ってもらえたのなら何よりだ。
「それにしても、わしが力を持っていた頃よりも、遥のほうが洗練された力を得ておるようじゃのぅ。この光や暗黒物質から力や素材を抽出する技術なぞ、わしは知らぬぞ」
お婆様は試すようにその手を陽光に翳した。
すると、その小さな手から金色の粒が溢れて流れ落ちていく。
「何も受け皿がなければ消える、か」
お婆様はその光景を見ながら感慨深そうにつぶやいた。
「そういえば瑞歌さんですが、教授たちの拠点を作る場所を決めに行ったようですね」
「かか、さぞかし強力な結界を張るつもりなのじゃろう。教授たちは騒がしくておかしなやつらじゃが、その力も技術も高位存在に引けを取らぬからのぅ」
つい先日、高天原から帰ってきたボクの元に教授たちから連絡が入ったのだ。
『実験良好、合流す』と簡潔に一言だけ。
そのことを瑞歌さんに話したところ、「あの髑髏、犬の餌にしてやろうかしら」と憤慨してしまったのだ。
たぶん、瑞歌さんは教授たちが嫌いなのだろう。
「新世界の運営ですが、まだ始まったばかりな上にやること山積みなんですよね」
「じゃのぅ。じゃが、縁は繋いだ。あとは時が来れば勝手に動きだすというものよ」
お婆様はそう言うと、ボクたちの間にいる瑞葉の頭を軽く撫でる。
「ふにゅぅ」
瑞葉は気の抜けた声を出してボクたちに甘え中だ。
「しかし、やはり子は可愛いものじゃのぅ」
お婆様は瑞葉を撫でつつ、組んでいた足を組み替える。
それにつられてボクは視線を動かしてしまう。
「遥はわかりやすいのぅ」
「くっ」
これではまるで子供に欲情しているみたいじゃないですか。
何か知らないけど、お婆様は目を引く動きをするんだよね……。
「まんまと誘導に引っかかりおって。まぁ元であっても雄の気を惹くのは得意じゃったからのぅ」
お婆様はそう言うといじわるそうにカラカラと笑う。
「まぁこの姿であっても大人の気を惹くくらい簡単にできるんじゃよ」
どうやらお婆様はわかっていてやっているようだ。
「それで気を惹いてどうするんですか?」
「まんまと釣れたらこう、手を組んでのぅ?」
お婆様は首元で両手を組み、若干上目遣いになる。
「そんなつもりはなかったんです……」
目をうるうるさせながら若干高めの声音で甘えるようにお婆様はそう口にした。
「お婆様、こわい」
「何を言うか。これも手段の一つよ。幼い姿だから効く技の一つよのぅ」
お婆様はボクの姿をとても楽しんでいるようだ。
というか、色は黒だけどやっぱりボクの見た目は可愛いと思う。
自画自賛かな? でも不思議とそう思ってしまうんだよね。
「おぬしの自撮りフォルダの中身は人に見せられぬからのぅ」
「!?」
しまった、お婆様もボクだから中身を知ってるんだった。
「別に丸出しにしてるわけでもないのに、やたらぎりぎりを攻めておったじゃろ? あの探求心にはわしも勝てんわい。あれこそ外に出せば男なんぞ一発じゃろうに」
「いえいえいえいえ、自分だけで楽しむからいいんじゃないですか」
自撮り写真を載せる女子の気持ちがわかってきたかもしれない。
「そうかのぅ。まぁよい。今はどんなことであれ些細なことでしかないからのぅ」
「そうなんですか?」
「うむ。遥がいて子がいて、わしも同じ身体を得た。そして新しい世界を作ってそこを運営する。これほど幸せなこともあるまいて」
お婆様は実に嬉しそうにそう語る。
そんな姿を見てると、頑張って調整した甲斐があったなと思えるもの。
「それにわしの核は遥の中にあるからのぅ。いつでも身体を出たり入ったりできるのも便利なところじゃ」
「そういえばそうでしたね。クローンと同じ方法で作った分体でしたがうまくいってよかったです」
まぁ完全に魂を移すということはできないんだけど。
「そういえば、ミリアムさんの精霊製造が自動化できるそうですよ。最近付きっきりで大変そうでしたけど、ようやく一心地つけるようです」
「まだ100名になったばかりじゃが、本当によくやっておるのぅ。さすがにわしでも嫌じゃぞ」
「本当に頭が上がりません」
ミリアムさんは新世界が出来てからひたすら労働力のために精霊を生み出し続けていたのだ。
といっても、液体エーテルに精霊力を加えて精霊の素を作るという作業だったらしい。
そして精霊が生まれたら、その個体を調整してさらに精霊を作る。
これをひたすら繰り返していたそうだ。
今のミリアムさんの作業場所は、一種の研究施設のようになっているほどだ。
と、突然部屋の外がばたばたと騒がしくなる。
「お姉様、大変」
そう言って部屋に入ってきたのは、すっかり人間系ケモ耳少女となったカゲツさんだった。
「カゲツさん、どうしました?」
「お姉様が言っていた骸骨の人がきた」
「思ったより早かったですね」
来るとは聞いていたものの、もう来るとは思っていなかったのだ。
「仕方ないのぅ。よし、しばき倒しに行くかのぅ」
「ほどほどにお願いします」
「いきます~」
ボクたちは全員で教授たちを出迎えに外に出るのだった。
◇
「いやー、素晴らしい世界ですねぇ。見たことのない素材に溢れている!! 我々には作り出せない素材の数々! 実に興味深い!」
「もういいから黙って施設を作りなさいな。研究ならいくらでもできるでしょう?」
「感動というのは言葉にしてこそですぞ、カオススライム」
「その妙な名前、やめてくださいませんこと?」
「混沌から生まれた混沌を体現した存在。貴女もまた我々とは違う。だからこそ、興味深い」
「本当に、面倒で厄介な人たちですわね……」
現場に到着すると、何やら瑞歌さんと教授が言い争っていた。
瑞歌さんは頭を抱えているものの、教授はただただ楽しそうだ。
「お婆様、あれ止めなくていいんです?」
「かまわん。ケンカになることなどないからのぅ」
お婆様はあの二人の言い合いを止める気はないようだ。
「おぉ! これは我が主殿! そして……。復活ですかな? かつての盟主殿。混沌の狐」
そう言った直後、何やら教授のくぼんだ眼窩が一瞬きらめいた気がした。
「そう言われるのは実に久しぶりよ。じゃがのぅ? あまり悪さをしてはいかぬぞ」
お婆様がそう話した瞬間、お婆様から何かが教授に向かって飛んでいった。
「くっ。相も変わらず馬鹿力ですねぇ。分かっておりますよ、主殿に盟主殿」
教授はまるで汗を拭くかのように、肉の無い手で自分の頭蓋骨を磨いていた。
「ともあれ、ようこそ。教授」
「えぇ。お邪魔させていただきます」
こうしてボクたちは教授を迎えたのだった。
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