第133話 後始末
戦いは戦いにならなかった。
ボクは終始アドバイス通りに動いていただけだし、ほかのみんなはそもそも相手にすらしていなかった。
まぁ瑞歌さんだけは嗜虐的な笑みを浮かべていたようだけど。
「あぁ。葛葉お姉様。相変わらず素敵ですわ」
「げっ。葛葉」
表に現れているお婆様を見た二人の反応は様々だった。
特に、酒呑童子さんはお婆様を知っているようだけど。
「酒呑童子よ、久しぶりじゃのぅ」
「てめぇ、まだ生きてやがったのか」
「そう言うでない。転生したからのぅ。わしも今やおぬしと同じ背丈よ」
お婆様と話す酒呑童子さんは苦々しそうな表情でそう話すが、お婆様は楽しそうにしている。
「時に、わが愛しき幼馴染に懸想しておるようじゃが?」
突然風向きが変わり始める。
なぜかお婆様からただならない気配を感じたのだ。
「いい歳して嫉妬かよ。妖種なんだから堂々としてりゃいいじゃねえか」
お婆様のただならぬ気配を受けても、全く動じない酒呑童子さん。
強い。
「おぬし、前よりさらに頑強さが増したのぅ。混沌を得たわしに比肩しうるとは」
「腐っても鬼族だぜ? そうでなくとも遥の影響で能力も増してるからな」
不敵な笑みを浮かべながら酒呑童子さんはそう言った。
「本当に鬼族というのは理不尽じゃのぅ。相手が強ければ強いほど能力を増すとか、控えめに言ってあほじゃろ」
「うるせー! 鬼族ってのはそういうもんなんだよ。お前ら妖狐だって妙な生態してるじゃねえか」
「負け惜しみを言うのぅ。わしらは器用なだけじゃというのに」
酒呑童子さんとお婆様はなんだかんだ言って楽しそうに言い合いをしている。
そういえば酒呑童子さんってどういう人なんだろう?
「考えてみればおぬしとは長い付き合いよのぅ。ほぼ同一の個体が望めば多世界に渡って存在できるとかどういう理屈じゃ?」
お婆様の口からはよくわからない言葉が飛び出した。
多世界に存在している?
「まぁ遥も聞いてんだからいいか。酒呑童子に限らず大獄丸だとか、元々日本で有名になった数多の個体名を持つ鬼は、存在そのものが死後の世界と結びついてんだ。死後の世界ってのはどこまで行っても同じように広がっているんだ。だからそこに存在がある限り色んな世界に同時に存在できるってわけだ。簡単に言うと共通の場所に本体となる魂があるからどこにでも存在できるって感じだな。でもすべての酒呑童子は繋がってるけど同じじゃねえ。元々妖都に居たのだってこいつが望んだからだぜ」
酒呑童子さんはそう言うとお婆様を指さして言った。
なるほど、お婆様が望んだから酒呑童子さんは妖都に存在していると。
「本当は大嶽丸も呼びたかったんじゃが、あやつは今寝ておるようでのぅ」
「あいつは日本で討たれた後、あの世の街で半隠居状態でのんびりしてるからな。呼び出してもいいけど、あいつ今オレとおんなじ感じだぜ?」
酒呑童子さんはお婆様ににやにやしながらそう説明する。
すると、お婆様は驚いたように言った。
「なんと、あやつも女子になっておるのか」
「おう。といってもまぁ、オレたちに性別はあってないようなものだからな」
「ふむ。まぁ身体が出来たら考えてみるかのぅ。今はあまり時間がないのじゃ。遥や、理外の者の核は取ってあるゆえ、あとで好きに使うがよい」
理外の者の核かぁ。
何に使おう?
「あ、あの。お、お母様?」
瑞葉がおずおずとお婆様にそう呼び掛けた。
そう言えば対面したことはなかったんでしたね。
「うむ。わしは遥の伴侶でもあるからのぅ。瑞葉、そなたからすればわしもまた母であろう」
「あ、は、はい。そ、その、雰囲気が、全く違いましたので……」
お婆様が表に出ると、ボクの髪色や目の色が変わるので非常にわかりやすくなっている。
お婆様は基本的に黒く長い髪、そして赤い瞳という特徴を持っているのだ。
「まだ怖いかもしれぬがゆっくり慣れるがよい。それにしてもわしに再び子が出来ようとはのぅ。瑞葉は愛いのぅ」
「あ、あううう……」
感極まったお婆様は瑞葉を抱きしめて撫でさする。
そのせいか、瑞葉は目を回してしまっている。
「おい、葛葉。お前構いすぎだ。遥はオレの嫁でもあるんだから瑞葉はオレの娘も同然だしな」
何を思ったのか、酒呑童子さんまで参加しようとしている。
そろそろ止めないとまずいかもしれない。
(お婆様、もう今回は終わりです。一旦戻ってください)
(なんじゃつれないのぅ。まぁよいじゃろう。体の方、楽しみにしておるぞ)
こうしてお婆様はボクの中に戻っていった。
「ふぅ。お婆様にも困ったものです」
「うぅ。おかあさまあああああ」
「あう……」
撫で繰り回されてパニックになったのか、ボクが戻った瞬間泣きながら瑞葉が抱き着いてきた。
しかもなかなかいいタックルでだ。
「はいはい。怖かったですね。でもそのうち慣れましょうね」
「ふぁい」
瑞葉は鼻水を垂らしながらも素直に返事を返してくれた。
「酒呑童子さんも対抗しないでください。瑞葉がパニックになっちゃいますから」
「お、おう。すまねぇ」
酒呑童子さんも素直に頭を下げてくれたので一件落着だろう。
「さて、核はっと。あったあった」
影に取り込まれた核は【空間収納】の中に入っていた。
どうやら影で取り込むと、直接送り込むことができるようだ。
今度から活用してみようかな。
「おう、それどうすんだ? 壊れてっけど残骸もあるにはあるぜ?」
そう言う酒呑童子さんの手には砕けた黒い核のかけらが載っていた。
「じゃあもらっておきます。とりあえずゲートは壊してしまいましょう。どうすればいいんだろう? えっと、瑞歌さん」
「ハッ。あ、私が向こうに渡って余計なものがいないか確認してまいりますわ」
ボクの呼びかけでぼーっとしていた瑞歌さんが正気を取り戻した。
それまで人には言えないようなだらしない顔していたので元に戻ってくれてよかったと思う。
「はい。お願いします。戻れそうになかったら手を貸しますね」
「えぇ。では行ってまいりますわ」
瑞歌さんはそう言うと、ゲートを起動して向こう側へと向かっていった。
「さて」
今度は管に繋がれていた行方不明者たちのほうを見る。
今はその身体から管は消え去っており、地面に倒れ込んでいる状態だ。
ざっと調べてみたところ、力を吸収され続けていただけのようで、今のところすぐに死んでしまうようなことはなさそうだ。
ただひどく衰弱している。
「要救助者確保完了ですね。ミカ、ミナ、この人たちの回復をお願いします」
医療行為が好きな2人に3人のことお願いすると、嬉しそうに「了解」とジェスチャーを返してくれた。
それからすぐに医療器具やら点滴を取り出して処置に取り掛かる。
「次は、魂ですか」
お爺様の話が正しいなら、魂はまだここにあるはずだ。
まぁ理外の者に消費されていなければの話だけど……。
「おーい、遥! 消耗して転がっていた魂を見つけてきたぜ。全部で5つだ」
「早いですね。今から探そうかと思っていたのですが」
「わりぃわりぃ。魂の場所はすぐわかんだわ。ほらよ」
そう言って酒呑童子さんは弱った半透明の丸い魂をボクに手渡してきた。
かなり衰弱しているようだ。
「これは良くないですね。消滅するかもしれません。とりあえず常備している【月の雫】を与えておきましょう」
あれから色々試してみた結果、【月の雫】は霊的な物に力を与えることができるとわかった。
ミレたちの回復用にもちょうどいいので、ある程度量産して常備し始めたのだ。
月の雫をかけた魂はほんのり光った。
これは力を取り込んだ証拠だが、まだその輝きは薄く弱弱しい。
「応急処置はできたので、持ち帰って回復に専念させましょう。ミレたちは彼女たちの移送の準備をお願いしますね」
ボクがそう指示すると、ミレたちはこくんと頷いた。
あとは瑞歌さんが来るのを待つだけだ。
「お母様。私は少しあのコアと話してきます」
瑞葉が指さした先には光を失ったコアが浮かんでいた。
「うん。お願いします」
瑞葉にそう言うと、瑞葉は嬉しそうに駆け出して行ったのだった。
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