第114話 城と衛兵と公卿衆
馬車は順調に進んでいき、やがて城の外城門へとたどり着いた。
城の城門は基本的に常時開放されているようだが、警備は厳重らしい。
当然のように長い馬車の車列とたくさんの従者たちの姿があった。
ちなみに、業者は別の入り口を使うらしく、この場所にいるのは爵位持ちであったり出勤する者たちだけなのだという。
「因幡領主、因幡通伸様御一行、ご到着!!」
馬車近くにやってきた城の衛兵さんが侍従の天明さんと家紋を確認しそう叫ぶ。
そしてそのまま数度やり取りをしてから馬車の扉の前で立ち止まった。
「因幡領主、因幡通伸様、車内の確認をさせていただいてもよろしいでしょうか!」
「えぇ、構いません」
扉の外の衛兵さんに応えた通伸さんは、天明さんを通じて扉を開けてもらった。
「ええっと、今回の申請書ではご家族は2名。心優様とミユキ様。ん? こちらのお三方はどなたですかな?」
車内を確認していた衛兵さんがリストを読み上げるも、そこには載っていないボクたちの存在を見て疑問を投げかける。
当然のことだろう。
「ミユキの友人の、遥さんとアキさん、それと……」
「鈴音だ」
「そうそう。鈴音さんです」
通伸さんは一瞬口ごもるも、察した酒呑童子によって無事に名前を伝えることができた。
それを聞いた衛兵さんは少し考えこむとこう言った。
「現在、城内には事前申請された方しか入ることはできません。申し訳ありませんが、お三方にはここで降りていただく必要があります」
事情を知らない衛兵さんはそうボクたちに告げる。
「わかりました。アキ、鈴音さん、行きましょう」
「おう」
もめ事が起きても面倒なので、ボクたちはすぐに降りることにした。
当然アキも一緒に降りてくる。
「お、お姉さん!」
「大丈夫ですよ。また後で会いましょうね」
思わず飛び出してきそうなミユキさんを制しつつボクは降りた。
「お?」
すると、ボクが降り立った場所が一瞬光った。
「で、ボクたちはどうすればーー」
そう聞こうとした瞬間、何やら城の奥、例の社のある方が騒がしくなる。
そしてーー。
「おい、全員控えろ! 公卿衆様たちがお越しだ! 急げ!!」
社の方から走ってきた武士の衛兵さんたちは、大慌てでみんなにそう伝えて回っていた。
「公卿衆様たちがこんなところにいらっしゃるなんてどうなっているんだ」
「公卿衆様ってどんな人なんですか?」
ボクは公卿衆という人達にはあったことはない。
周囲が慌てて業務を中断する中、ボクは先ほどチェックに来ていた衛兵さんに問いかけた。
「あ、あぁ。君たちか。公卿衆様たちは奥の社を管理する偉い方々でな。姿は見たことがないが、国母様とお仲間の妖種の方たちのお世話を担当されているのだ」
「お仲間、ですか? 酒呑童子様とか?」
「あぁ、知っているのか。私は姿を見たことはないのでちゃんとしたことは知らないのだが、時々市井に紛れてふらついておられるそうだ」
「へぇ~」
今話している人は人間の衛兵さんだ。
この城の衛兵は人間ばかりのようにみえるけど、何か理由があるのだろうか。
「ところで、妖種の衛兵さんとかっていないんですか?」
なんとなくそう問いかけてみた。
ところがこれが失敗だったらしく、少し強めに睨まれてしまった。
「滅多なことをいうもんじゃない。妖種の方々は大体が貴族の人だったり何かしらのお役目についている人ばかりなのだ。衛兵に就職するのはごく一部だ。いいか? 絶対に妖種様方にはそのようなことは言うなよ?」
人間に変化しているとはいえ、ボクも妖種である。
どうやらボクの考えている以上に、人間と妖種では色々な差があるように思えた。
「ご、ごめんなさい」
「それはそうとして、まずは頭を下げ、公卿衆様方が通り過ぎるのを待つのだ。絶対に顔を上げてはいけないぞ」
「は、はい」
公卿衆、一体どんな人たちなのだろうか。
ボクは言われた通り頭を下げ、その場で待つ。
酒呑童子さんは頭を上げっぱなしだったので、ボクは小声で一緒にやるよう伝えた。
すると、めんどくさそうにしながらも酒呑童子さんも従ってくれたのだ。
それから少し時間が経ち辺りが静かになると、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
衛兵さんたちが息を呑む中、蹄の音は着実にこちらに近づいていた。
そしてーー。
「これその方、かような場所に我らが姫様を跪かせるとは何事か!」
深みのある男性の声が頭上から降り注いでくる。
主に隣の衛兵さんに向かって投げかけられているようだ。
「も、申し訳ございません。ひ、姫様とはどういうことでしょうか。そ、そのような方は、お、お見掛けいたしておりません」
顔を上げず必死にそう申し開きをする衛兵さん。
しかし公卿衆の男性は言葉を続ける。
「変化しておられるとはいえ、わからぬとは何事か! その方の横におられるではないか。姫様、申し訳ありませぬ。私のような下々のもので申し訳ございませぬが、お体にお掴まりください」
叱責していた公卿衆の男性はボクに近寄るとボクの前に手を差し出す。
「あ、は、はい」
そうして手を握ると、そのまま体全体を持ち上げられ、抱え上げられる。
「おいたわしや、我らが姫様。この者にはおって必ず罰を与えますゆえ」
公卿衆の男性はボクの服についた土埃を軽く手で払ってくれた。
「あ、いえ。ボクがわからないようにしていたのが問題です。あの人にはお咎めなしでお願いします」
「なんとお優しい。しかし何もなしというわけにはいきますまい。そも、人間だとて感知する力は学べるはず。それをしていないのは怠慢というもの。軽度なれど罰は与えなければなりませぬ」
「あ、は、はい」
公卿衆の男性は公卿というだけあって、狩衣を着て烏帽子を付け顔を白く塗った公家の男性の姿だった。
「これ、酒呑童子様も粗相のないようにお連れしなさい。お連れのフェアリーノームの方もご一緒に」
こうしてボクたちは公卿衆の人に守られ、抱えられながら馬に乗ったのだった。
道中ーー。
「あの、どうしてボクがいることがかわったんですか?」
ボクはそのことが気になっていた。
「国母様、そして姫様がこの地に足を踏み入れるとすぐにわかるよう細工がされているのです。足を付けた瞬間、光ったりはしませんでしたか?」
「あ、光りました」
「それですぐわかるようになっているのです。しかし、衛兵の教育については再度考えねばなりませんね」
「そ、そうなんですか?」
「はい」
公卿衆の男性は自分の頭を抑えると、うんざりしたようにそう答えた。
「今回、姫様は因幡卿と一緒にやってきていると聞いております。本来であればあの衛兵はそのことを勘案し、すぐに実近殿に届け出るべきでした。それを怠り、姫様をただ地面に降ろすなど言語道断。それをやってしまったからにはある程度罰を与えねばならいのです」
「で、でもそれは……」
「遥、それ以上は言うんじゃねえよ」
「あ、うん……」
ルールはルールということだ。
状況はどうあれ、やるべきことをやらなかった結果こうなった。
なので擁護をするのは間違っているのかもしれない。
難しい話だなと思った。
「ご理解いただけで何よりです。さ、国母様がお待ちです。行きましょう」
こうして公卿衆に守られたまま、ボクたちは社へと向かうのだった。
「公卿ってことはすごく偉い人なんですよね?」
道中気になったことを聞いてみる。
「そうですな。普段は社や宮中のことを取り仕切っております。しかし、姫様におかれましては、我ら公卿衆も手足のごとくお使いくだされ」
どうやら本当にお偉いさんだったようだ。
普段はこんな出迎えなんかしない地位の人達なのだろう。
「ありがとうございます」
「我らは国母様や姫様の臣下でございますれば」
知らないところでボクはほかの人に迷惑をかけてしまったようだ。
みんなのために頑張らないとなぁ。
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