第112話 鬼は狐に一目惚れ
酒呑童子はいろんな意味でまっすぐです
妖都で出会ったアキに師事している鬼族の少女、酒呑童子。
その名前が正しいなら、大江山の鬼ということになる。
そういえば、最初に大江って言ってたっけ。
「なんつーか、お前、変わってんな」
「えっ?」
突然酒呑童子と名乗る少女にボクはそう言われてしまった。
変わってるのは貴女のほうだと思うけど。
「妖狐族っちゃ妖狐族だけど、お前の場合いろんなものが集まって凝縮されてるみたいなんだよな。潜在的な実力はオレたちに近いのかもな」
酒呑童子さんはボクのことをじろじろと観察しながらそう言った。
混沌とか色々混じっているのは確かなので、見抜く力があるのだろう。
侮れない。
「ところで酒呑童子さんは、なぜアキに師事しているんですか?」
今回一番気になったのはこれだ。
なぜアキに師事しているのかが本当にわからない。
「んなの決まってんだろ? うまい料理を作ってうまい酒を飲むためだ。それ以外にあるのか?」
「え? いや、どう、ですかね?」
正直お酒なんて飲んだことがないのでわからない。
でもなんかテレビとかでそういうフレーズは聞いたことはあるかもしれない。
「んだよ? てことはオレと違ってお前は本物のチビか。ならわかるわけねえか」
話しぶりから察するに、酒呑童子さんはボクよりもずっと年上なようだ。
一体いくつなのだろうか。
「でもたしかに、アキに師事したくなる気持ちはわかりますね。アキの料理は美味しいですから」
「だよなぁ。さっすが師匠だ」
ボクと酒吞童子さんによる褒め殺し攻撃により、アキが照れた状態になってしまった。
たまにはしっかり褒めておこう。
「じゃあボクたちはそろそろ行きますね」
「あん? どこか行くってのかよ」
何やら酒呑童子さんは不満げな様子。
「いえ、ちょっと街を見に。まぁアキを連れていく形にはなってしまいますね。そこは申し訳ないです」
アキはさっきからボクの袖をクイクイと引っ張っている。
早く一緒に行きたいようだ。
「いや、師匠のこともなくねぇけど、お前だよお前」
「え? ボク?」
どうやら酒呑童子さんはボクのことで不満だったようだ。
「とりあえず名前教えろよ。オレだけ名乗ってんだからよ」
「あ、そうでした。遥です」
無難に下の名前だけを伝えるが、酒呑童子さんはまだ不満げなご様子。
「苗字もだ」
「えぇ!?」
思わずあたりを見回して通伸さんたちを探す。
アキさんは何かを察したのか、通伸さんたちを馬車へ案内している。
「えっと、近くに寄ってもらっていいですか?」
「おう、構わねえぞ」
酒呑童子さんはそう言うと、ボクに近寄り耳を向けてくれた。
形のいいきれいな耳だ。
(苗字は、御神楽といいます)
「!?」
ボクがそう囁いた瞬間、酒呑童子さんはボクのほうに顔を向けた。
その顔はちょっとだけ赤くなっているように見える。
「ど、どうしました?」
「あー。ゾクゾクした」
「は?」
「だから、背筋がゾクゾクしたって言ってんだよ。妙にかわいい声で囁きやがってよ」
怒られているのか褒められているのかよくわからない。
なんとなく不満だ。
「んな顔すんじゃねえよ。ちょっと顔貸せ」
ボクの表情に気が付いたらしい酒呑童子さんは、ボクにそう言うと、指先でボクの顎をくいっと持ち上げる。
「!?」
抵抗する間もなく顔が若干上を向くと、「おら、おとなしくお返しを受け取りやがれ」と言われ、酒呑童子さんのかわいらしい顔がボクに迫る。
「んぐっ!?」
直後、なぜか酒呑童子さんにキスをされてしまった。
唐突すぎて訳が分からない。
「ふ、ふん。これは礼だ。ところで遥、鬼族の嫁は要らねえか?」
「えっと、なんでです?」
今度は突然嫁は要らないかと言われた。
なんで嫁?
「んなの決まってんだろ? オレが遥を気に入ったからだよ。ありがたく思え、オレが嫁になってやる」
「何で嫁?」
「お前は良い妖力を持ってる。その上、オレの好みの顔してる。これ以上理由はあるのか?」
「いえ、ないとは思いますけど……」
一体何の話をしているんだ。
「別に今じゃなくていいぞ?」
「え? あ、はい。でも、どうしてボクなんかにそんな話を? 正直嫁だとかなんだとか全くわからないんですが」
「それで構わねえよ。まぁなんだ。一種の一目惚れってやつか? そんな玉じゃねえと思ってたんだけどよ。あー、まぁいい。ともかくだ。オレは最初に名乗ったよな? まぁ知らねえかもしれねえけど、興味のない奴には名乗らねえんだ。とりあえずそれだけ覚えとけ」
「あ、はぁ……」
酒吞童子さんはそれだけ言うと、プイっと顔をそむけてしまった。
その耳は少しだけ赤くなっているようにも見える。
話が急すぎて全くよくわからなかったが、まとめるとボクに一目惚れをしたらしい。
それで普段やらないことをやって接触して、ボクに物理的に接触をしたと。
ちょっと強引かな? と思いはするものの、嫌悪感はなかった。
なんというか好きとか嫌いとかそういうのじゃない気がする。
「ん~。素直じゃないってところですかね」
「るせーよ」
ぽつりとつぶやくと、酒吞童子さんは短く反応を返す。
乱暴なんだか優しいんだかよくわからないけど、照れ屋なことだけはわかった。
仕方ない人だ。
嫁とかなんだとかよくわからないけど、とりあえず今はいいだろう。
そろそろ出発しないと刊行する時間が無くなってしまうな……。
「さて、じゃあボクたちはそろそろ行きますね」
「オレも連れてけ」
意地悪くそう言うと、酒吞童子さんは簡単に釣れた。
この人、意外とちょろいのかもしれない。
「だと思いました」
「ちっ。まぁいい。あとで仲間紹介してやるからよ」
「わかりました。とりあえず行きましょうか」
「おう」
こうしてボクは酒呑童子さんも引き連れ、街を巡ることになった。
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