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第111話 酒吞童子

 妖都の街はいくつかの区画ごとに異なる年代の様式が用いられている。

 寺社仏閣が多い地域では平安時代風であるし、町人だけが多ければ江戸風長屋があったりするし、中心に近ければ近いほど明治大正時代の様相を呈してくるのだ。

 そのせいか、若干テーマパークのような印象を受けることもある。

 いわゆる小さいミニチュア世界展みたいな感じなのだ。


 馬車は街をゆっくり進む。

 途中空を飛ぶ何かを目撃したりしたけど概ね平和そのものだった。

 まぁ時々ケンカがあったりしたのだけど。


「街を巡るのに付き合わせているようで申し訳ないです」

 彼らには彼らの予定があっただろうに、懐深くボクのわがままを聞いてくれていた。

 とても感謝している。


「元々まっすぐ屋敷へ行くだけだったのでね。こうして一緒に巡ってみることで、新たな発見を得られましたよ」

 通伸みちのぶさんはとても嬉しそうにそう語った。


「なかなか見る機会はなかったんですか?」

「情けないことに、仕事にかまけすぎていてね。最近は領地を見に行く以外、旅行などしてもいなかったよ……」

 困ったように頭を掻きながら通伸さんは言う。


「旅行、ですか。何か見たいものとかやりたいことってあるんですか?」

 これはちょっとした興味からだった。


「雄大な自然も見てみたいね。武蔵国にも多くあるけれど、爵位の関係もあって自由にとはいかないのさ」

「なるほど。でも爵位は身分ですし、身分が高ければ警護の人もいるでしょうから、そうなりますよね」

 何もない開けた場所に、伯爵一家だけでキャンプさせる人などいないだろう。

 相応に護衛が付き、たくさんのキャンプが立ち並んで警護される中でキャンプをする羽目になることは想像に難くない。


「おいしいものも食べてみたいです! 見たことのないお料理とか!」

「ミユキさんはお料理が好きなんですね」

「はいです!」

 食べることだけだとは思うけど、好きなことやりたいことを教えてくれるのは実に嬉しい。

 ボクとしても何かしてあげたくなるからだ。


「たとえば、あのお店ですが」

「あのお店?」

 ミユキさんに示された方向を見る。

 すると人だかりができているのが見えた。


「何のお店なんですか?」

「とてもおいしいお料理のお店ですが、先着順なのです」

「先着順?」

 言葉を聞く限り数量限定なのだろう。

 となると、権威を振りかざしても意味はないか。


「えぇ。そこの店主さんは小さい人なのだけど、特権があるらしくて爵位による権力は通じないのよ」

 ミユキさんに代わって心優みゆさんが事情を教えてくれた。

 そんな人がいるのか。

 どんな人なんだろう?


「どんな人なんですか?」

「そうねぇ。遥さんくらいの身長なんだけど、しゃべらない子ね。そのうえとても強いの。前に不埒な真似を働こうとした鬼族を張り倒していたわね」

「こ、怖い……」

「でも見た目は可愛らしいわよ」

 さすがは妖都、恐ろしい人もいるものだ。


「さすがに買えないと思うけど、少し見て見るかい?」

「いいんですか?」

「もちろんさ」

 まさか、通伸さんからお誘いが来るとは。

 恐縮しながらもボクはお願いすることにした。


「お、お願いします」

 怖いもの見たさというやつだ。



 ボクたちの馬車は店の前で停車した。

 すると周囲の人の視線が一気に集まる。

 ちょっと怖い……。


「あ、ちょ、ちょっとだけ見たいだけ、なので、き、気にしないで、ください」

 緊張してどもり気味になってしまった。


「おや、可愛らしいお嬢ちゃんだ」

「すまないね。貴族さんだからつい構えちゃって」

「この店くらいだからね、貴族様に屈しないのは」

 店の前のおじさんおばさんたちは口々にそう言った。


「とはいえ、因幡のお殿様じゃ無体も働かないだろう」

「ちげーねぇ」

「あはは……」

 愛されているのか馬鹿にされているのかどっちなのだろうか。


「いや、すまないね。私たちも頑張ってはいるんだけど」

 そう言って話に入ってきたのは通伸さんだった。


「いやいや、誰も悪いなんて言ってないさ」

「因幡のお殿様っていえば【月影の剣士】よ」

「昔っから有名だもんねぇ」

「なんですか? 【月影の剣士】って」

 おじさんたちの口からでた言葉が少し気になった。

 通伸さんのほうに顔を向けると、困ったような顔をしながらこう言った。

 

「私の祖父と父がそう言われていてね。私もそうなんだけど、いわゆる武人の家系で……」

「なるほど」

 どうやら【月影の剣士】というのは武勇伝の1つのようだ。

 それにしても優しそうな通伸さんが武芸者だったとは。


「おーい、もう最後だってよ」

「本当かい? 相変わらずよく売れるねぇ。お前さんは買えたのかい?」

「あたぼうよ。そういうお前さんは?」

「見りゃわかるだろうに、列の最後尾さ。こりゃ明日かねぇ」

「おっし、じゃあ俺も明日並ぼうかねぇ」

「お前さんは仕事しろよ」

 みんな口々に軽口を叩きあいながら離れていく。

 そんな中、ボクは人気だというお店のほうを見てみた。

 するとそこには小さい人影が2つ。


「お? 客か? もう売れるもんはねぇぞ?」

 小さい人影の一人がそう言うと、もう一人の小さい人影がその人を叩いた。


「いてて。すまねぇ師匠。あ~っと、本日分は売り切れです。またのご来店をお待ち……え?ちょ、師匠!?」

 叩かれた小さい人影の頭には小さな角が生えているのが分かった。

 どうやら鬼族のようだ。

 その鬼族は何やら混乱している様子だ。


 しばらくその様子を見ていたが、ごそごそと何かを漁った後、小さいもう一人の人影がボクの前に飛んでやってきた。

 比喩ではなくジャンプをしてだ。


「あれ? アキ?」

 よく見てみると、それはアキだった。

 アキはボクを見ると嬉しそうに小躍りしながらボクに何かを差し出した。


「し、師匠、それ、いいので?」

 師匠と呼ばれたアキはこくんと頷いた。


「アキ、何してるんですか? あ、これお稲荷さんだ」

 アキに問いかけつつアキの差し出してくれたものを見る。

 それはおいしそうなお稲荷さん8つのセットだった。

 お団子も3本ついている。


 アキはボクにそれらを渡すと、紙に何かを書き始めた。


『少し情報収集と素材集め、それと資金集めを』

 どうやらアキは仕事の合間にこうやって情報やお金を集めて回っていたようだ。


「そうですか。アキは偉いですね」

 アキの頭を撫でながら褒めると、アキは嬉しそうな笑顔を向けてくれた。


「じゃあこれはみんなで食べましょう。通伸さん、頂き物ですが先に選んでください」

 ボクはそう言って通伸さんに丸ごと手渡した。


「いいのかい? 遥さんが貰ったもののようだけど」

「かまいません。ボクはお稲荷さん最低1つあればいいので」

「ありがとう。とりあえずある程度分けてしまうね」

「そうしてください」

 通伸さんはそう言うと、天明さん含め家族とそれを分け合った。

 ほかの従者の人には申し訳ないけど、今回は我慢してほしい。


「アキはこの後どうするんですか?」

 ボクがそう尋ねると、アキは首を横に振る。

 予定がないらしい。


「じゃあ一緒に行きましょうか」

 そう誘いをかけると、アキはこくんとうなずいた。


「ちょ、師匠!?」

 鬼族の子は困惑しっぱなしだった。


「貴女も一緒に来ますか?」

 通伸さんの了承は得ていないのに、ついそう誘いをかけてしまった。

 通伸さんに悪いし歩いて行ってもいいからね。


「変化しっぱなしだけど、お前、妖狐族か。それもだいぶ高位だな」

「そう、なんでしょうか? よくわかりません。それで、貴女は?」

 小さな鬼族の少女はピンク色に見える金髪をしている可愛らしい子だった。

 ピンクブロンドとでもいうべきだろうか。


「オレは酒吞童子ってんだ。ここだと、大江で通ってたか? まぁ忘れた」

「ひえっ!? しゅ、酒吞童子様ですって!?」

 妙な声がしたので振り向くと、そこには驚いた顔をした通伸さんがいた。

 どうしたのだろうか。


「しゅ、酒吞童子様って言ったらこの国のトップの一人ですよ」

「え、そうなんですか?」

「じゃねえの? ほかに任せてるからさっぱりだけどよ」

「は、はぁ」

 なんとも適当な人だった。

お読みいただきありがとうございます!

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