月を見上げる
三題噺もどき―ななじゅうきゅう。
お題:風・月・太陽
軒先に飾っている風鈴。
夏の夜の風に吹かれて涼し気な音を奏でる。
「……」
見上げると、そこには暗闇にぽっかりと浮かぶ月。
まるで、空白ができているように。
月に見えるだけの、穴が開いているだけのように。
(今日も月が綺麗ですこと……)
金色に輝く月を見ていると、何もかもを忘れることが出来るような気がした。
自分の存在そのものが、矮小なもののように思えてしまう。
―あの月は、自分の存在価値なんてものすら、気にもしないだろう。
(月なんて、いつでも見えるのだけれど……)
いつからか。
太陽の昇ることのなくなったこの世界。
代わりのように、金色の月がか弱い光を注いでいた。
一日たりとも、一ミリたりとも、欠けることもないままに。
「……」
朝も夜も分からなくなったこの世界では、他のものも全てが、ぼんやりとしてしまう。
目に見えるものが、すべて淡く、頼りない。
形のないものは、もっと、ぼんやりと。
―自分の存在意義でさえ。
(そんなのは、私だけでしょうけど……)
こうして、卑屈になる人間なぞ。
「……」
たまに、こうして月を見上げて、眺める。
月が、1番はっきりしているから。
この世界で、しっかりとした意思を持ったままに存在するのは、あれぐらいだろう。
人も、草木も、動物も、あれほどに、はっきりとした何かを持っているものは居ないだろう。
「……」
月を見ていれば、他のものもはっきりと見えるような気がする。
(そんな訳は、無いのだけれど……)
それでも、月を見てしまうのはなぜだろうか。
そんなこと考えていたって何の意味もないのだが。
チリン―
一陣の風が吹き、風鈴の音が1層強く鳴り響いた。