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軒下

作者: 杉谷馬場生

 ちょっとした買い物のつもりで近くのスーパーに出かけたのだが、ほんの少しのつもりだったので天気予報も見ずに出かけてしまった。家を出るときは曇っているなと感じる程度だったのだが、買い物を終えてスーパーを出ると、薄い灰色だった雲の色が濃くなっていた。まもなく雨が降りそうな気配である。

私は急足で家に戻ろうとしたのだが、家に帰る前にポツポツと降り出していよいよ本降りとなった。私が濡れるのは構わないのだが、スーパーで買った生鮮野菜などが濡れるのは嫌な気がした。コンビニに入れば傘が買えるし、雨宿りもできるだろうが、目に見える範囲にコンビニはないし、家まであともう少しという距離で傘を買うのは躊躇われた。私は申し訳なく思いながらも目に止まった個人商店の軒先にひとまず避難することにした。幸いなことは視界の向こうには青空が見えていることだ。きっとそう長く降ることはないだろう。

少し濡れてしまった髪の毛をハンカチで拭きながら雨の止むのを待っていると商店のガラス戸がカラカラと開いた。顔を出したのは店主と思われる老婆だった。

「あ、申し訳ない。雨が降るなんて思ってもみなくて」

「かまいませんよ。天気予報も曇りだったのだもの。直に止むでしょう。それよりあなた、寒いでしょう。中にお入りなさいな。まだ暖房の季節でもないけれど、そこよりはマシだから」

「いや、それはあまりにもあつかましいですよ」

「私が言ってるんだからあつかましいことなんかあるもんですか。雨が止むまで年寄りの話し相手になって欲しいんですよ」

そう言われると返す言葉がない。私は「それでは失礼します」と店の中に入った。

店内は照明は灯っているのだが天気のせいか薄暗く感じる。古くからやっているらしく蛍光灯のせいもあるだろう。店内には売れているのかいないのか日用品や食材が置かれている。

老婆は奥から椅子を持ってきて私に勧めた。「今お茶を持ってきますから」と言って老婆はまた奥に行く。私は座らないのも失礼だと思い座ることにした。ガラス戸越しに雨の音が聞こえる。室内に入ると雨の音が優しく感じるのは何故だろうと思う。

「そこのスーパーで買ってきたんですか?」

いつのまにか老婆がお盆にお茶を持って奥から出てきていた。私は老婆からお茶を受け取りながら「ええ、家が近くなもので」と答える。湯呑みは思ったよりも熱く感じる。体が冷えているらしい。

「あのスーパーも長いですね。もう20年くらいかしら。この店ね。あのスーパーよりも長いんですよ」

そう言われても私は返答に困り、無難に「そうなんですね」と言ってお茶を啜った。

「時代って変わるもんですね。昔はウチみたいな個人のお店が沢山あったのに、今はスーパーとかコンビニエンスとか当たり前になってね。ウチも本当は2年前に閉めるつもりだったんですけどね」

「それはまたどうしてです?」

「旦那がこの店やってたんですよ。死んじゃってね」

私は何も答えられなかった。しかし気まずい思いはなく、湯呑みで手を温めながら老婆の話の次を聞くことにした。

「交通事故でね。その時もすごい雨だったんですよ。今よりも激しかったですねぇ。なんか変なお話なんですけれど、私の気持ちがお天気に表れてるなと思ったものですよ。突然だったから」

「…なんでお店閉めなかったんです?」

「閉めようと思ったんですよ。初七日までは閉めてましたしねぇ。それでね、整理しようとお店に入ったんです。その日も雨が降っていてね。息子たちとみんなでお店を片付けようとしたんですよ。そしたらね。ほら、部屋の中にいると雨の音って優しいでしょ」

私ははっとなって老婆の顔を見た。

「なんだかね。旦那さんがお店に残っている気がしてね。ここを閉めたら思い出が全部なくなってしまう気がしたんですよ。だから急なんですけどここを続けることにしたんですよ」

老婆の話を聞いて私はお茶を啜る。温かいお茶は手を温め、口の中を温め、喉を温めて胃の中を温めた。それはお茶の温かさなのだけれども別の理由で暖かなせいなのかもと思った。


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