花の精霊に愛されたアイスリーヌは、白い結婚による離縁を求める。
アイスリーヌは、メルギス公爵家へ、先月嫁いだ金髪の背の低い、まだ18歳の公爵夫人だ。
アイスリーヌの実家は伯爵家である。だから、ギルバートは、そんなアイスリーヌを馬鹿にして、酷い仕打ちをしてきたのであった。
そもそも、この婚姻自体、国王直々の命令でなされたもの。仕方なくアイスリーヌと婚姻したギルバートなのである。
とある日、実家へ行っていたアイスリーヌが公爵家へ帰ってみると、
アイスリーヌの荷物が庭に出されていた。
そして、黒髪の顔のキツい、マリアと言う女性が仁王立ちしていて、アイスリーヌを見て、
馬鹿にしたように笑いながら。
「今日から貴方は、庭の離れに住むことになったのよ。わたくしはギルバート様の愛人。
ギルバート様はいずれ貴方を追い出してわたくしを正妻にすると言っているわ。」
ギルバートはアイスリーヌとの、この婚姻に不満であった。
だから、白い結婚でアイスリーヌと一年後に離婚する予定だったのである。
アイスリーヌに対する仕打ちは冷たいものだった。
「解りました。わたくしは、庭の離れで住む事に致しますわ。」
一緒に出掛けていたアイスリーヌ付きのメイドのシャリアは黙々と荷物を離れに運んでくれる。
荷物と言っても着替えが何枚かあるだけで、それ程、ある訳でもなく、
離れはそれはもう、寂れた感じの小さな家で、ボロボロであった。
「まずは掃除をしないとね。」
「はい。お嬢様。」
アイスリーヌも手伝って、二人で掃除をしていると、
二人の女性が訪ねて来た。
アイスリーヌの学生時代の友人の、ミルフレア・コレイン公爵夫人と、フロリア・カレッサ公爵夫人である。
「ちょっとアイスリーヌ。何でこんな所にいるのかしら?」
「そうよ。冷遇されているって言っていたけれども、ここはあまりにも酷いじゃない?」
二人に向かってアイスリーヌは、
「わたくし、いずれ離縁されるのですから、仕方ないですわ。」
ミルフレアがアイスリーヌに向かって、
「それなら取引しましょう。来週、わたくしの誕生日パーティがあるの。我が公爵家の庭をお花で一杯にして下さらないかしら。金5、お支払いするわ。」
フロリアも、
「わたくしもお願いしたいわ。義母の誕生日ですの。ですから、同じく庭をお花で一杯に。
金5支払いますから。」
アイスリーヌは二人に感謝する。
「有難う。わたくしを助けてくれるのね。」
金10あれば、このボロボロの離れの家を少しはましに修繕できるだろう。
そして、アイスリーヌは花の精霊に愛されているから、綺麗な花を咲かせる事なんて、
簡単に出来るのだ。
アイスリーヌは、二人から花を咲かせてほしい日付を聞いて、
「解りましたわ。精霊たちにその日、コレイン公爵家と、カレッサ公爵家の庭をお花で一杯に致しますから。」
ミルフレアが嬉しそうに、
「有難う。アイスリーヌ。」
フロリアも微笑んで、
「助かりますわ。それにしても、酷い旦那様ね。」
アイスリーヌはため息をついて。
「政略結婚ですし…でも白い結婚が一年続けば離縁できますわ。いかに国王陛下の命とは言えども。」
フロリアが尋ねる。
「ギルバート様は知っているのかしら。貴方が花の精霊に愛されている事を。」
「ええ。知っていますわ。でも、花なんて咲かせることになんの意味があるって…
馬鹿にしますのよ。」
「まぁ。」
「でも、この離れに住むことになりましたから、綺麗なお花を沢山咲かせて、飾り付ける事も出来ますわ。二人のお陰で修繕も出来ますし。本当に感謝していますのよ。」
ミルフレアもフロリアも、
「何かあったらいつでも言って頂戴。力になるわ。」
「わたくしも、力になりますから。アイスリーヌ。」
「有難う。」
アイスリーヌは嬉しかった。持つべきものは友なのだ。
アイスリーヌは離れを修繕し、離れの周りを花を沢山咲かせて、綺麗に飾り付けた。
色とりどりの花に囲まれ、テラスでメイドのシャリアと共に、優雅にティータイムを楽しむアイスリーヌ。それが、愛人のマリアには面白くないようで。
「何、優雅に暮らしているのよ。泣き暮らしているのかと思ったわ。」
「何故?泣き暮らさなければならないのです。泣いているだけもったいないではありませんか。」
「あああ、悔しい。」
そこへ、ギルバートがやって来て。
「ふん。くだらん花で飾り付けよって。お前なんて、一年経ったら離縁してやる。」
アイスリーヌはにっこり微笑んで、
「有難うございます。とても有難いですわ。国王陛下の命で、仕方なく嫁いできたのですから。わたくしも自由になりたいです。」
「生意気なっ…」
そこへ、銀の鎧を付けた3人の騎士達が、アイスリーヌの前に現れた。
「私達は花の精霊王様から、遣わされた騎士です。アイスリーヌ様をお守りしに参りました。」
「まぁ。精霊王様が?」
ギルバートが叫ぶ。
「何だ?お前らは…」
マリアもわめく。
「そうよ。いきなり現れて。」
騎士の一人が二人に向かって。
「私達はアイスリーヌ様をお守りする騎士です。アイスリーヌ様が無事に離縁されるまで、
お傍でお守りします。」
もう一人の騎士も、
「アイスリーヌ様に指一本触れようものなら、首と胴が別れる事になりますので。」
その時、庭に駆け込んできた二人の人物がいた。
一人はこの国の宰相、コレイン公爵。もう一人はカレッソ公爵、この国の騎士団長である。
実力者二人は、アイスリーヌの友達、ミルフレアとフロリアのお舅さんだ。
コレイン宰相はギルバートをしかりつける。
「国王陛下に、花の精霊王から苦情が来たぞ。なんてことをしてくれたんだ。」
カレッソ騎士団長も不機嫌に。
「あれ程、国王陛下からアイスリーヌを大事にしろと命じられていたはずだが?」
ギルバートは怒り出して。
「何故、たかが花を咲かせるだけの女を大事にしなければならないのです?」
「たかがだと???」
コレイン宰相が説明する。
「花が咲くから、作物が育つ。それすらも解らないのか?もし、花の精霊に嫌われてみろ。
この国の農業はおしまいだ。不作になって国が滅びてしまうぞ。だから、アイスリーヌを大事にしろと国王陛下がおっしゃったのだ。」
カレッソ騎士団長がアイスリーヌに、
「どうか、この国にとどまって下さいませんか?アイスリーヌ様が出て行ってしまっては、国が滅びてしまいます。」
アイスリーヌは微笑んで、
「わたくしの大事なお友達、ミルフレアとフロリアを見捨てて国を出て行く訳にはまいりません。安心して下さいませ。」
「それは良かった。」
「安心した。」
コレイン宰相とカレッソ騎士団長は安堵する。
アイスリーヌはしかし、宣言した。
「でも、ギルバート様。この領地からはわたくしは出て行きたいと思います。
勿論、精霊王様は怒っておいでですわ。ですから、この領地の農業はオシマイですわね。
一年後が楽しみですわ。」
ギルバートは真っ青になって。
「許してくれ。アイスリーヌ。マリアはすぐに叩き出す。だから…」
マリアは怒り出す。
「えええええっ?わたくしが出て行かねばなりませんの?」
「アイスリーヌを怒らせたら、この領地はおしまいだ。」
アイスリーヌは、冷たくギルバートに向かって、
「わたくしは貴方と離縁しとうございます。ですから、一年後にこの家を出て行きますわ。
でも、わたくしを厚遇して下さるのなら、この領地の農業を駄目にすることは考えて差し上げます。わたくしだって、領民を苦しめたくはありませんから。」
「解った。厚遇するっ。だから、この領地を見捨てないでくれっ。」
ギルバートはマリアを、召使いに命じて叩き出した。
マリアは、道路でギルバートの名を叫んで、わめきまくっていたが、
諦めたのか、その場から去るのであった。
後に、アイスリーヌを怒らせた罪により、カレッソ騎士団長の命で、拘束されて、牢に入れられたとの事。
ギルバートはアイスリーヌを厚遇したが、アイスリーヌとの白い結婚は続くのであった。
アイスリーヌの部屋に忍んでいけども、精霊王の騎士達に阻まれて、夜這いが出来ないのだ。
結局、一年後にアイスリーヌは、離縁が認められて、ギルバートの屋敷を出る事が出来た。
ただ、この領地の農業を駄目にすることはしなかった。
ギルバートは約束通り厚遇してくれたし、領民がかわいそうだからである。
アイスリーヌは、二人の友と、その舅のコレイン宰相とカレッソ騎士団長に再び会って、礼を済ませた後、
メイドのシャリアと共に、馬車に乗り、精霊王の騎士達に守られて、旅に出る事にした。
「やっと自由になれたわ。どこへ行こうかしら。」
「お嬢様の行かれる所なら、どこでもついてまいります。」
「それなら、隣国へ行ってみましょうか。」
アイスリーヌの馬車を遮るように、一台の豪華な馬車が止まった。
そこから降りてきたのは、この国の王太子。レゼイド王太子殿下で、
馬車の扉を開けて、手を差し伸べ、
「アイスリーヌ嬢。どうか国を出る事を考え直してはくれないだろうか。
私の父は反省をしている。ギルバートのような男と君を結婚させて。
どうか、私と結婚しておくれ。君はこの国に必要な人間だ。」
アイスリーヌは困ったように眉を寄せて、
「わたくしは、結婚にこりごりしているのです。自由にやっとなれたのですから。」
「君がどうしても国を出て行くというのなら、私も連れていってほしい。
旅をしながら、君を口説かせてくれないか?父の許可は取ってある。」
困ってしまった。だが…断る訳にもいかない。
レゼイド王太子は真剣な顔で、アイスリーヌに向かって頼んでいるのだ。
「解りましたわ。道すがら、貴方様の事を教えて下さいませんか?」
「ああ…有難う。アイスリーヌ。」
アイスリーヌの胸は高鳴った。
新たなる恋の予感がする。
明るい未来を胸に、アイスリーヌとレゼイド王太子の恋の旅は今、始まるのであった。
アイスリーヌは、レゼイド王太子殿下の熱烈な求愛に負けて、結局、二人は結婚する事になるでしょう。